此処はいつ来ても寒い。

気温が低いというより空気に水分が多く、肌が湿るような寒さ。

冬は砕いた氷が宙に舞うような肌を切る寒さで、それを溶かすように温かい息は白い煙へと変わる。

どこか物憂げな青年は厚手のコートに革の手袋、アタッシュケースを携えて、喉を凍らせては白い息を吐いて廊下を進む。

此処は使われなくなって久しい廃墟。廊下の塗装は剥がれ、どこから入ったのかゴミや落ち葉、壁から剥落した薄い塗装が散っている。

がさがさ、ぱりぱりと何かを踏み散らしながら窓から差し込む星明かりに導かれる様に歩を進める。此処へ訪れるのは久しぶりであった。だからこそ不安と期待が入り交じる。──まだ彼女はいるのだろうか。

荒れ果てた廃墟の一室、そこに彼女はいた。

窓の前に置かれた椅子に座り、入り口には背を向けて夜空を見上げながら足をパタパタさせている。足音に気づいた彼女は振り返ると椅子から立ち上がった。

「もー、おそいよー」

拗ねたような口ぶりと裏腹に、窓越しにチラつく雪を背に彼女は嬉しそうに駆け寄り青年を見上げた。

「うん、遅くなった。ごめんね、夏姉」

「まぁ?  私はおねぇちゃんだし?  雪君よりえらいからゆるしてあげる」

「うん、夏姉えらいえらい」

「そーでしょー?」

室内の寒さに対して薄着の彼女は、暖かい笑顔を浮かべて青年の手を取ると特等席に戻り空を見上げた。青年は初めて彼女と会った時も空を見上げていた事を思い出し頬を綻ばせる。

「雪君、お仕事はどーお?」

「まぁまぁかな。なんとなく大変で、なんとなく楽しんでる」

「うんうん、がんばっててえらいえらい」

「……夏姉はどう?」

「いつもどおりだよー」