「何で私が……」  ──きっかけはアイカである。  エニアは自宅にて、久方ぶりに休める時間を堪能するべく普段よりもゆっくりと寝台から起き抜けた。寝間着代わりにしている一枚着の裾ををはためかせ、炊事場で水を飲むと喉の乾きと共に体のほてりを落ち着かせる。一息ついた所で、そう言えば本が読み途中だったと思い出した。棚から本を取り出して椅子に腰を掛けると本を開き栞を抜く。薄く細長い鉄製の栞には蝶の切絵が施されていた。続きを二行ほど読み進めて、エニアはふいに顔を上げる。  窓の隙間から風に舞う黄色の花弁が流れ込み、机に落ちた。 「エニア、呼ばれているわ」  いつも通り唐突に、空間を割く様に現れたアイカは我が物顔でエニアの向かいに座る。この小屋は元よりアイカの仮住まいであり、そこをエニアに提供していると言った事情はあるものの、実情だけを見ればエニアの小屋と言っても相違ない現状であった。  慣れたエニアは改めて本に視線を落とし、一行読み進める。 「意味わかんないんだけど」 「仕方ないわ、私も呼んでこいって言われた立場だもの」 「貴女にお使いをさせるって事は神から? それこそ意味がわからないわ」  アイカは手慰みと言わんばかりに、興味も無さそうに机に置かれた栞を拾い上げ眺める。栞の角度を変えると反射する陽光が滑り、エニアの顔を照らして蝶は床へと落ちていく。  エニアが直接知る神の知り合いはアイカのみである。自分が神に呼ばれる理由などなく有るとすれば間接的な、アイカと関係があるからと類推できた。 「貴女、私のこと他の神にでも話したの?」 「どうかしら。覚えていないわ」 「適当ね。それで誰が何で私を呼んでるのよ。それくらいは教えなさい」  手に持つ栞を弄び、アイカは自身の頬に栞を当てる。長く日陰にあったとわかる程度に、栞はひんやりと頬から熱を奪っていく。 「呼ばれる理由は驚く程くだらないわよ?」 「聞きたくないわね」 「主催者が何人かの人を呼んで会食がしたいみたいよ?」 「断りなさいよ、そんなの」  如何せん、私は多忙なのだ。今日は貴重な休日。その休日を潰してまで、何故私が意味のわからない会食へ行かなければならないのか。そも、私が忙しいのもアイカのせいである。彼女に割り振られた仕事をどうにか片付けての休日だ。その休日まで私用で駆り出すのであれば、まずは人手を増やして欲しい。そんな不満に支配された脳では、せっかく読み進めた一行を内容として理解出来ずに視線はただ文字だけをなぞっていた。 「それでも良かったんだけど、少し珍しい機会なの」 「珍しいって?」 「主催者は"学院長"よ」  やや含みを持たせたアイカの口からは想定外の単語が零れ落ちた。 「……学院長ってあの?」 「まぁ、私としては一緒に来る副学院長に用事があるんだけどね」  ──学院長。  とりたてて特別な単語ではないが、この場において神の口から告げられるとなれば話は別。クルスメリア大陸魔法研究機関、通称 《学院》の創設者にして現代魔法の始祖とも呼ばれる初代学院長。特筆して魔法使いと呼称される存在の一人であった。アイカが副学院長に用事があるというのは、つまりはそういう事なのだろう。 「主催者が学院長で私が呼ばれるって事は……」 「ね? 珍しいでしょう」 「……他の神も来るのよね」 「来るでしょうね。私も他の子達を見てみたいし、良い機会だと思わない?」  アイカは私が承諾したと認めたのか微笑むと、弄んでいた栞を机に置いた。 「それで、いつ行くのよ」 「いつって、君は今日くらいしか暇な時間ないじゃない」 「もしかして、今から?」 「そうよ」 「何でもっと余裕持ってくれないのよ」  エニアは栞を手に取り、開いている本に挟むと閉じて机に置いた。結局、今日もまともに本を読めなかった。 「今回は本当に特例なのよ。まず世界樹へ行くわ」 「ちょっと待ちなさい。着替えるわ」 「そのままでも構わないわよ」 「私が構うのよ」  本に向けていた意識を切り替え、席を立つと炊事場で顔を洗いぼんやりとした頭を無理やり起こす。何も格式張った会食ではない事はわかっているが、だからといって寝間着で出席する程に面の皮は厚くない。その上、今回の会食は一つの権威を誇示する場でもあるのだ。あまりにだらしが無いと、アイカの顔にも泥を塗る事になる。……本心で言えば物理的に泥を塗りつけたいが、今の私に出来る事ではない。 「早くしてね」  自室に戻ると後ろから声が聞こえたが、それに答えず寝間着と部屋履きを脱いで普段は着ない仕事着に袖を通す。  黒いタイツの上から白いショートパンツを履き、真っ白な絹のシャツに腕を通した。比翼仕立てのシャツのボタンを留め、腰に有る細いベルトで腰を絞る。長い裾は膝上まで落ち、前身頃と後身頃の両端が一つ折りのプリーツになっておりスカートの様に見えた。シャツの上から詰襟のケープを羽織り、裏地のポケットからペンダントを取り出すと首に掛ける。中身のない 鞘と盾が彫金されたペンダントの中央には楕円の水晶が嵌められており、絶えず流動的に色を変えていた。足元も白く、ロングブーツを履くと顔にかかった髪を後ろに流してアイカの横に立つ。ペンダント以外に特段指定もない仕事着ではあるが──。  ──この全身を白に纏めた姿こそ大陸調停機構の正装である。とエニアは思っていた。 「久し振りに見たわね」 「今回の会食、調停機構として出席するわ」 「好きになさい。私の部下として箔付けは充分よ」  花の香りに包まれ、アイカの転移に巻きこまれ二人は世界樹の丘へ飛ぶ。エニアも昔から知っている場所で遠目からなら毎日見てると言っても過言ではないが、世界樹の丘へ直接来るのは何年ぶりだろうか。丘は学院から見て北西に位置しており、エニアの拠点である小屋は学院から南に位置している。  世界樹の丘とは言葉の通り世界樹の根ざした丘であり、世界樹は神の世界と人の世界を繋ぐ道。天にも届くと形容される太く高い大樹を、人間は畏怖を込めて世界樹と呼んだ。その世界樹の丘全域に弱い人払いの結界が張られていた。 「昔来た時、こんな結界なかったと思うんだけど」 「あぁ、それは最近物騒な客が来るようになったから人払いを兼ねて張ってるみたいよ」 「ふぅん」  恐らく明確な意志さえあれば、普通の人でも立ち入れる程度の結界。物騒な客を退けるには弱すぎる。この結界に何の意味があるのだろうか。  その結界を、アイカはエニアの手を取り素通りする。 「普通に通れるの?」 「神なら問題ないわ。君の手を掴んだのも、私の連れだって認識させる為よ」  結界を超えると繋いだ手を離し、そのままアイカは振り返る事も無く歩き続ける。その数歩後をエニアも歩くが、視線は何年ぶりかの景色に奪われていた。相変わらず途方もない大きさの大樹に感嘆の息が漏れる。 「ところで何で此処に?」 「目的地自体は学院だけど、今回は正式な手続きで特殊な道を通る必要があるのよ。だから此処の管理者に会うの」 「管理者なんていたの?」 「話して無かったかしら? 私達神の世界と君たち人の世界の境界が世界樹で、此処から神の出入りを管理してる神を管理者って呼んでるのよ」 「あら、会食の前に神と会えるのね」  世界樹の根本には小屋があった。  アイカはいつも通り我が物顔で、躊躇う事なく扉を開いた。扉を叩く事すらしない不躾な行動は見慣れたものだったが、どこでもこんなに好き放題なのだろうかとエニアの脳内に疑問が過る。  室内に入るとアイカは足を止めた。 「……いないわ」  言葉を吐いて一拍、空気が張り詰める。  刹那、空間全てに伝播する静電気。微弱ながら駆け抜ける電気は身体を強張らせ、エニアは反射的に臨戦態勢を取らされる。慣れた事ではあるが、だからこそ身体は警戒を怠らない。  単純にアイカが不機嫌になった、唯それだけである。  小屋くらいは破壊しかねない上に、こうなると長い。退避すべきか決めあぐねている内に空気は弛緩した。  「はぁ、めんどくさ……。エニア、適当に休んでなさい。捕まえてくるわ」  「え? えぇ……」  確かに空気は弛緩した。だがアイカの周囲は常に帯電し、空気が爆ぜている。目を据わらせた彼女は肩を落としたまま、エニアの横を通り過ぎて室外へと出た。視線は幹をなぞり上方の枝を見据え、軽く跳ねると宙に浮くと枝葉の中へと消えていく。 「……嘘でしょ?」  あのアイカが暴れることもなく、素直に諦めて探しにいくなんて有り得るのか。とりあえずアイカの言葉に従い、適当な椅子に腰を掛ける。小屋の中は生活感がないが、誰かが使っている形跡は見てとれた。  ──小屋が衝撃で揺れる。  結局こうなるのだ、アイカが我慢できる訳がない。何度かの炸裂音の後にガサガサと音を当て、太い枝が落ちたのを視界の端で捉える。それに促されエニアは窓から外を見て、唖然とした。枝と共に落ちて来ていたアイカが地面に仰向けに倒れ、足をバタつかせている。その彼女の前に灰色の髪の男が、大樹の葉からゆっくりと滴る雫の様に降り立った。  窓越しでも聞こえるアイカの子供じみた「むかつくぅーー!!」と言う声をエニアは初めて聞き、挨拶は済んだのだろうと小屋を出て二人へと歩いていく。アイカも文句を良いながら立ち上がり、服の汚れをほろっていた。今まで背を向けていた男がエニアの方へと振り返る。  切れ長で銀色の瞳、灰色の髪を靡かせる彼はアイカと対象的に酷く落ち着き払っていた。 「……初めまして、エニア=クルスコット」 「えぇ、初めまして。私の紹介は不要ね。貴方は?」 「シリアです。この世界樹の管理者をしています」 「エニア、自己紹介くらいちゃんとなさい」 「はいはい。初めまして、シリア。大陸調停機構クルスメリア担当のエニアよ。以後お見知りおきを」  エニアのペンダントを一瞥し、シリアは一人納得する。 「……そうですね。人の知り合いは少ないので覚えておきます」 「それよりシリア、手続き終わらせて」 「貴女が絡んできたせいでしょう」 「元々、君が小屋にいないから悪いのよ」 「私の仕事は小屋にいるこ事ではないので」 「世界樹の枝の上で寝るのは仕事じゃないわ」  喧嘩する程なんとやら。取り繕わずに噛み付くエニアを、シリアは聞き流すように捌いていく。 「まぁ、手続きなんてあってないようなものなので。後はやっておきますので、勝手に行ってください」 「特例なのよね? そんな適当で良いの?」 「世界樹の管理者である私が、通す人間を直接確認してる以上文句は言われません」 「言うだけ無駄なのわかってるのよ、老人たちは。ほら、行くわよ。帰りに寄るわ」 「不要ですので来ないで下さい」 「え、えっと、それじゃあ……」  シリアを無視して歩きだしたアイカの後を追い、エニアも適当な挨拶をしてシリアの横を通り過ぎる。辿り着いた世界樹の根本、そこには虚

大きな空間があり、暗闇に支配されている。  「ここが神の世界に繋がっているのよ。だから謝って人が来ないように管理者をおいているの」  アイカは再度、エニアの手を掴むと闇の中へと突き進む。

「今回は行き先が決まってるから、私と行けば直通で着くわ」  数歩も歩くと闇は晴れ、白い内装の部屋につく。  エニアは一瞬、何か違和感を感じたが原因はわからない。  存外大きめな部屋に、会食の準備がされたテーブル。既に何人かは席についていた。  「やぁやぁ、エニア君。久しぶりだねぇ、いらっしゃい」  「……誰よ、貴方」  「何だい、忘れたのかい。酷いなぁ。まぁ、仕方ないね。空いたところに座っておくれ」  飄々とした壮年の男性に胡散臭さを感じながらも、促されて席に座る。  「副学院長はどこかしら」  「みんな揃ったら来るよ。だから、もう少し待ってね」  「……そう、仕方ないわね」  アイカもエニアの横の席に腰を下ろす。  周囲を簡単に確認すると、どうも全部で12 人分の準備があるようだ。現在は自分とアイカを抜いて五人、一人は最後に来るらしいので、あと四人待つことになる。  「それで、久し振りってどういうことよ」  「んー、その話もしたいんだけど先に全員揃えたいんだよね。だから少し待ってもらうよ」  「はい、全員注目」  パンパンと手を叩きながら胡散臭い男は席を立つ。  いつの間にか男の隣には新しい顔が増えていた。いや、それどころかいなかったはずの四人も席についている。周囲の人間もまばらに違和感を覚えているのか警戒し始めていた。  「いやぁ、みんな来てくれて良かったよ。急に呼んで悪かったね。今まで時間が作れなくてさ。本当はもう少し早く開催したかったんだよね」  軽薄そうに男は笑う。  「じゃあ、まずは簡単な紹介を僕の方から済まさせてもらうよ。まずは今回の会食を主催した僕"学院長"こと、学院の学院長だよ。エニア君、これで久しぶりの意味がわかったかな?」  「……それは私が在学していた頃の学院長だって事かしら」  ──通称『学院長』  本物かどうかはわからない。  魔法の発展に貢献した魔法使いとして、最高の魔法使いの一人に数えられているが、学院が出来たのは遥か昔だ。この軽薄そうな男を指しているようには思えない。  「好きに理解してくれて良いよ。さて、次に紹介するのは今回の会食最大の功労者。僕と共に学院を支える親友。副学院長こと、ダンドット」  学院長より幾分か年上に見える男は小さく手を上げ答える。それだけで鳥肌がたつほどに空間が冷えたように感じた。  「ダンドットだ。こちらの世界に久しく戻ってきた。大半が初対面になるな。今回は急な呼び出しに良く集まってくれた。学院長が我儘なのは昔からでな。会食の目的は至極単純、君達と交流を深めてみようという試みだ」  「そういうこと。詳しい話はご飯を食べながらね。じゃあ、次はどうしようか。先着順にしようか。それじゃあ次は"博士"こと、ヴェルスバーグ=フランゾンだ。彼の生物に関する報告は聞き及んでいるだろう。恐らく、彼ほど生物に精通した人間はいないだろうね」  冷えた空気を感じさせない明るい口調の学院長は大袈裟な動作で、博士に腕を伸ばす。  ──通称『博士』  学院長の紹介のとおり、彼は様々な動物や魔物に関する生態を調査し論文をあげている。大陸の新発見される生物の大半に彼は関わっており、彼以上に動物に詳しい人間がいないというのにも頷けた。彼は召喚魔法を扱える希少な人材で、召喚魔法を使うには呼び出す生物の詳細な情報が必要になるらしい。その話が本当であれば、彼は大陸のほとんどの生物を召喚できるのだろう。  博士は軽く頭を下げて会釈する。  「さてお次は"傀儡"、ナボリ=ヌバだ。彼は大陸の一部に領土を持つことが認められている領主だよ。領民はいるというべきか、いないというべきかは良くわからないね」  腕を向けられた彼は不愉快そうに眉をしかめていた。突然呼ばれて、こんな胡散臭い人間に紹介されても気分は良くないだろう。  ──通称『傀儡』  死体を操る魔法使い、ネクロマンサー。  領民の有無は死体を領民とするかの皮肉だろう。  彼は昔駆り出された領土防衛にて功績を残し、領土の一部を与えられたらしい  「次は"天災"、エニア=クルスコットだ。彼女は私の経営する学院の卒業生でね。いやぁ、学院長として鼻が高い。彼女はここにいる人と比べると特殊な魔法は使えない。だが、それを補って有り余るほど万能に魔法を使いこなす優秀な魔法使いだ。国を滅ぼせるなんて話はどこから来たんだろうね?」  学院長に腕を伸ばされるが、ふんとそっぽを向く。  ──通称『天災』  学院長の言うとおり皆ほど特殊な魔法は使えない。  その分、一般の魔法使いとしては理想と呼べるほど全ての属性を万能に使えるように努力し、足りない能力を補うために様々な道具を集め、利用している。  国を滅ぼせるわけはないが、当面の目標としてアイカを泣かせるを掲げている。  「さぁ、次は呼ぶかを迷ったものの会ってみたいし呼ぼうと、急遽声をかけた"魔剣"こと、シヅナ=ミナヅキだ。彼は魔法使いと言うよりは剣士なんだが、戦いかたが面白い。普通の魔法使いは近接戦闘が出来ないが、彼にとっては御手の物。女の子に弱いと聞いたから、お使いは可愛い子に行かせたけど気に入ったかな?」  シヅナは完全に無視を決め込んでいる。むしろ、最初から目を閉じうつむき腕を組み微動だにしない。寝てるのだろうか。  ──通称『魔剣』  白兵戦最強と言われる魔法使い。  学院長が呼ぶかを迷ったのは彼が魔法使いなのか剣士なのか判断に困ったからだろう。  彼は魔法も使うが、基本的に補助的なものしか使わず扱う魔法も中位程度らしい。  魔法使いは普通、接近戦はできない。それを考えると対魔法使い最強の魔法使いかもしれない。  「うぅむ、反応がないのは寂しいな。最後は"聖女"ことリリス=ネリネラだ。神の奇跡を体現すると言われる彼女の祈りは一体どの神に祈り、どの神の能力を体現しているのか」  「みなさん、初めまして。リリス=ネリネラです」  彼女は簡単に自己紹介をすると頭を下げた。  ──通称『聖女』  死者すら生き返らせると言われる治癒魔法の使い手。  神の信徒である修道女で、その治癒魔法の効果から神の奇跡と称され聖女と呼ばれている。  しかし、厄介なことにどこかの協会に所属しておらず、個人で好きに活動しているため協会の人間は扱いに困っているという。  「自己紹介ありがとう。次はダンドット、頼むよ」  「わかった。だがしかし、私も初めて会うからな…。同じ順でいこう。まずは風の神、名前を」  博士の隣に座る、緑の髪をした男が口を開く。  「ルシルだ」  「火の神」  「ツェード」  「雷の神」  「アイカよ」  「氷の神」  「……ロコです」  「地の神」  「クインコスタと申します」  「以上だ」  「よしよし、これで紹介は終わったから全員知り合いになったね」  淡白な自己紹介を軽薄な言葉が締める。  「それじゃあ、会食を始めようか」  学院長が指をならす。その動作だけで、会食の準備は済んでいた。  まるでタイミングを図っていたように出来立ての料理が目の前に現れる。  「さぁさぁ、食べようじゃないか。全部僕の手作りだよ、料理は趣味のひとつでね。親睦を深めるに当たってちょうど良いと思って頑張ったんだ。運ぶのはダンドットにも手伝ってもらったよ」  「まったく、私にこんな雑務をさせるとは」  運んできた? 学院長の言葉が引っ掛かる。出てきた料理に不信な眼差しを向けても手は伸ばさない。呼ばれた客人は学院長と副学院長に不信感の募らせていく。  「もちろん、毒も何も入ってないから安心してね。まぁ、入ってても聖女がいるし例え死んでも傀儡が使ってくれるよ。安心だね」  「学院長、話が進まんよ。まずは会食を始めよう。全員グラスを。人間はこういう始め方が礼儀なのだろう?」  学院長と副学院長が細いグラスの柄を掴み、軽く持ち上げる。遅々として進まない会食を促すために、副学院長が率先して行動し、学院長が倣う。僅かな戸惑いと抵抗感を感じながら招待客もグラスを手に取った。  「何に乾杯しようか、ダンドット?」  「それは主催者の仕事だろう」  「良いから良いから、僕の柄じゃないだろう?」  「まったく、仕方のない……。では、私達互いの世界の平和と発展に」  「乾杯」  学院長と副学院長のグラスがぶつかり、甲高い音をたてる。  重い空気の中、会食は始まった。  アイカは行儀悪く頬杖をつき、エニアに向かいグラスを傾ける。エニアもアイカの行動の意味を理解してグラスを傾けた。カン、と鐘が鳴る。それを皮切りに数度、まばらに鐘は鳴った。  「君とは付き合いも長いけど、こんな洒落たコトは初めてね」  「そうね。今も昔も貴方には泣かされた覚えしかないわ」  「まったく、私のエニアを泣かせるなんて酷い人ね」  「……鏡見てきなさいよ」  ちらりと学院長達を確認して、二人がグラスに口をつけるのをみてから、エニアもグラスに口をつけた。この確認行為に意味はないだろうが、突然会食に呼ばれた不信感を拭うためにも必要な行為だった。  グラスに注がれた液体は適度に冷えた、なんの変哲もない水だった。  「最初の一杯は飲めない人がいたら困るから水にしたよ。お酒が飲みたかったら置いとくから、好きに飲んでね」  言い終えると、テーブルの上に数本の瓶が現れる。またしても突然で何の動作もない。それどころか学院長たちも何事もなく会話をしてテーブルを見てもいない。  「あぁ、後料理は食べなくても良いよ。神は食事が不要だしね。娯楽と思って口にしてもらえると嬉しいけどね」  「普段食事をとらなければわからないが、なかなかどうして。この軽薄な男が趣味というだけあって良い出来だぞ」  副学院長は慣れた動作で食事を口に運ぶ。それを満足げに見た学院長は自分も食事を始める。  カチャカチャと音が鳴り始め、ポツポツと会話が聞こえ始めた。  「ねぇ、クイン」  「何でしょう、リリス様」  「貴方は私の身の回りの世話をしてくれていますね」  「身に余る光栄です」  「私の好みに合わせた料理よりも美味しいわよ」  「……私はもうダメなようです。せめて最後は貴女に看取って」  「食事以外の世話は誰がするの」  「私がトータルコーディネート致します」  「別に貴方の料理が嫌いな訳じゃないわ」  「精進します」  「ルシル、君も食べたらどうだい」  「いえ、食事に興味はないので」  「なかなか美味しいぞ。私の研究にも味を追加するべきか」  「それはいらないかと」  「……口に合わん」  「偏食が過ぎるな」  「私は酒を頂こう」  「飲みすぎるなよ」  「シヅナ、食べよ?」  「ロコ、好きに食べて良いぞ」  「食べないの?」  「俺は……」  「シヅナが食べないなら私も食べない」  「いや……」  「お腹減ったなー」  「……わかった、食べよう」  「やったー、いただきまーす」  「何か学院長が料理上手いのに腹立つわ」  「自分が負けてるのを理解してるからよ」  「よしよし、みんな警戒は解いてくれたかな? ここにいるみんなは人と神のグループなのはわかるね。みんな付き合いが長かったり短かったりするけど仲良くね。人から見れば神は自分の担当みたいなものだからね」  学院長は一旦手を止めると、そう言った。  「少し前に大きな問題があってさ、関わった神もいるよね。その対策として神と人間、もっとお互いに交流すべきじゃないかって話があったんだ」  「そのため、今回は学院長の選出で君達に声をかけさせてもらった」  「仕事はスムーズに進むに越したことはないからね。その為には円滑な関係が必要だよ」  「こうすることで神側の行動もある程度制限できるだろう」  「そんなわけで人間側代表として君たちを呼んで、神の代表が橋渡し役として君たちと関わることにしたんだ。これで人の世界についても神の世界についても情報交換が捗るからね」  「拒否権は?」  傀儡が口を開く。  「好きにしてよ。神も好きにするからさ」  傀儡は嘲笑する。  「まぁ、あんまり悲観的にならないでよ。担当の神に関しては友人だと思ってさ。別に君の生き方を邪魔する訳じゃないからね」  「私としては友人として交友はして欲しいがな」  ダンドットの厳かな声が柔らかい言葉を吐く。  「今回、交流を決めたのよね? クインは私と付き合いが長いのだけど」  「ふむ、それ何だがな……」  歯切れ悪い言葉を、押し出すように紡ぐ。  「本来、決められたもの以外は神の世界から人の世界へ行くことは禁じられている。しかしながら、やはりと言うか……掟を破るものは一定数いてな」  「ダンドットもその一人だからね。強く言えないんだよ」  「うむ……。今回の人側の人選は学院長に任せたが、大半が既に神と交流があるとは思っていなかった。とはいえ、都合が良かったのは確かだ」  「まぁ、話はわかったけど僕たちが顔を合わせる必要はあったのかな」  博士が酒を手にとった。  「君たちが直接関わることは少ないだろう。とはいえ、名前を知っていても会ったことがないではつまらない。何より連絡役になる神には全員の顔を覚えてほしかったのだ」  「……頑張って覚えます」  「まぁ、そのくらいなら」  ロコとクインは改めて周囲を見渡した。  「学院長殿」  料理に数口手を付けたシヅナが顔を上げる。  「おお、何かな。やっと私を見てくれたね。何か気になることでも? 何でも聞くよ?」  「今回のきっかけになった事件。私は知らないのだが、教えてはくれないか」  「もちろん、いいよ。と言うか、ここじゃあアイカ君位しか知らないんじゃないかな。後は神からちらっと聞いた人くらいしか」  「アイカ、知ってるの?」  「……仕事の一つだったのよ。まぁ、結果として今には繋がるけど」  「聞いてないんだけど」  「珍しく忙しかったのよ。それに間接的には君にも関わるの後で知ったから言わなかったし」  「……何よそれ」  「学院長の話を聞きましょう」  「よしよし、良いかな。あんまり詳しく話してもだれちゃうからさ。端的に要点だけいくよ。まず僕たちの世界と神の世界で、世界は2つある。2つの世界は紙一重、ほんの少しの位相のズレで同一の場所に重なって存在している。本当は問題なく存在できてたんだけどね、ある時一人の青年が現れた。その青年は僕たちの世界に、神と同じ様に自然発生した。それはもう異常なことでね。僕たちと神で均衡が取れていた世界に、突然異物が現れたんだ。そのせいで均衡の取れていた世界の存在の比重が人間側に傾いたんだ。本当は管理者である神が処分してれば問題にならなかったんだけどね。そんな時に限って神の悪癖が出たのか、管理者だった神は、この世界について教えて魔法も覚えさせて、僕の学院に押し込んできたんだよね」  ダンドットは腕を組み黙り、学院長は水を口に含む。  「学院って私の担当地域じゃない」  エニアはアイカを見るが、アイカ目を合わさない。  「あぁ、もちろん編入自体は不正じゃないよ? 僕もそこまで悪じゃないからね。そんな訳で彼は人の世界で生活することになってさ。お陰様で均衡の崩れた神の世界は消失の危機に瀕したんだ。そこからは大変だったよ。最初のうちは神たちもダンドットに色々言ってきてさ。自分たちの世界が消える前に、人の世界を消そうとか」  「物騒だな」  「神は得てして唯我的なものだ」  傀儡とツェードが呟く。  「しかし、そこは我が親友。不埒な輩をちぎってはなげちぎってはなげ」  「ダレてるぞ」  「おっと失礼。まぁ、神の隠し玉のダンドットが機能しないことにお偉方がご立腹でね。もう勝手に青年のもとに神の使いを送るわけだ」  「ふむ、話し合いでしょうか」  「神はそんなに優しくありませんよ」  「その通り。彼を保護した神は更迭して新しい神を管理者に。彼を消すために神を送ったんだ」  「まだ消えてないわね、私達の世界」  「……そうね」  「つまり、その彼は神に消されたと」  「シヅナー、もっと食べよー」  静かになとシヅナはロコの頭を撫でる。  「神としては彼を消して終わりだったんだけどね。こっからが想定外で、詳細は省くけど彼は生き残っちゃったんだよ。もうびっくり」  「運が良かったのもあるが、彼は特殊すぎた」  「じゃあ、何で私達の世界は消えてないのよ」  「この辺は確定事項ではないから、私達にもはっきりとは言えない。だが、彼はこの世界の人間として生きる事により、時間をかけて人の世界に帰化した。と判断している」  「それって、そもそも彼を消す必要はなかったってこと?」  「どうだろうな。何せ歴史上初の事柄だ。どうなるかは誰にもわからなかっただろう。神は自分の世界に対して最良の選択をしたのだ。結果として不要とはなったがな」  「そんな訳で、あんまり強硬策に出ようとする神を憂いたダンドットが重い腰を上げてね。お偉方に事件が落ち着いたあと、提言したわけだ。もっと人と交流すべきだってね」  「それは場合によっては、神ではなく僕達を使って処理したいってことかな」  「否定は出来ないが、その一つ手前だ。もし何かあったとき、互いの世界に影響がないかを確認したい。その確認を君達から見て担当に伝えて、それを私達は報告として聞きたいのだ」  「自分は動かないのね」  「エニア君、そう言わないの。ダンドットは見た目は若いかもしれないけど、中身はおじいちゃんなの。普段は日光浴びてるだけの植物。植物が自分で動き回るなんてしないよね」  「相も変わらず失礼なやつだ」  「まぁ、そういった意味でみんなが来てくれてよかったよ。別に命令するとかじゃなくて互いの世界についての情報共有。これが一番の目的だからさ。都合よく利用しようとは思ってはいるけど、利用するされるかは君たちの自由だからね」  あけすけな物言いに呆れるも、立場を利用する程度の老獪さはこの場にいる人間は備えている。  「そんな訳だからさ、僕らとじゃなくて君たちも世間話しなよ。全員、人の世界においては最高峰と言って過言ない魔法使いなんだ。利益もあると思うよ」  話は終わりと言うように、水を飲みダンドットに声をかける。残された人間は沈黙を紛らわせるように食事をすすめる。  酒で喉をうるわせる傀儡が口を開いた。  「なぁ、天災」  「……何かしら」  「本当に国を滅ぼせるのか?」  「……そんなの無理に決まってるじゃない。現実的じゃない方法で毎日住民を消してくならまだしも。ねぇ、博士。聞きたいことがあるわ」  「なんだい?」  「貴方は人間も召喚できるのかしら」  「ふむ、結論から言えばできる。だが現実的には無理だな。僕の召喚魔法は対象と契約が必要だが、あまり知性が高いものが応じる契約ではない。よって、知的生物は僕の召喚の対象外だ」  「ねぇ、魔剣さん。貴方は自分を魔法使いだと思う?」  「いや、私は剣士だ。魔法は自分の剣術の一部に過ぎない」  「興味あるわね。私は魔法の補助に道具は使うけど、剣術の一部に使うのってどんな感じかしら」  とつとつとではあるが、交流は進む。アイカは席を立つと主催者たちの横に立った。  「お時間よろしいでしょうか、ダンドット卿?」  「もちろんだ。ここにいる限りは誰にでも時間を割こう」  「えぇ、有難う御座います」  「敬語は不要だよ、アイカ」  「そう、助かるわ。でも挨拶くらいは礼儀ね。お初にお目にかかります、ダンドット卿。世界調停機構総帥のアイカと申します。以後お見知り置きを」  アイカとは思えない上品な仕草で頭を下げる。  「ふむ、確かに挨拶は重要だ。此方もお初にお目にかかる。役割はあれど名乗る役職はないただの神、ダンドットだ。今後ともよろしく頼む」  ダンドットもアイカの挨拶に小さく頭を下げて答えた。  「まぁ、挨拶は済んだしもう良いわね。御爺様」  「私から見れば大半の神は孫、曾孫になるな」  「学院長、貴方も含めてまずは礼を。貴方達のお陰で優秀な子を手元に置けたわ。ありがとう」  「いやいや、気にしなくていいよ。面白そうだからダンドットに話してね。それでダンドットも実際に見て使えそうだからって、君に斡旋したんだ。たまたまダンドットの眼鏡にかなったエニア君を褒めるべきさ」  「それもそうね。それにしても……」  アイカは感慨深そうにダンドットを見据えた。  「本当にまだ生きていたのね」  「私が死ぬと、人の世界が滅ぶからな」  「洒落にならないわねぇ」  「君達が送られる前は、偉そうな神達に早く死ねと言われたよ」  「あら、酷いわね。こんな可弱い御爺様にそんな事を言うなんて」  「本当だよね。そんな神のいる世界だからダンドットは学院に引き篭もってるんだよ」  「語弊はあるが間違ってはいないな」  「おじーさま?」  気付くとロコがアイカの横に立っていた。まだ見た目通り幼い神なのだろう。ダンドットがどんな神かを知らずに、興味本位で話しに来たのだ。こう言うとき、何も知らない子供は強い。アイカはロコを後ろから抱くと頭を撫でる。  「そうよ、ロコ。この御爺様は私達の世界でも一番御爺様と言ってもいいほど御爺様なのよ」  「一番おじーさま……」  「これだけ幼い神と言葉を交わすのはいつぶりか」  「ダンドット、おじいちゃんが漏れてるよ」  「仕方もあるまい。もう接し方など忘れたわ」  「それで御爺様。実際の所、彼が現れたことで神の世界が消えかけたとき、何故人の世界を消さなかったのかしら。貴方なら彼に対する対処も知っていたのでは?」  「……確証は持てなかったのだ。両手に抱く器に注がれ続ける水。いつまで注がれるのか、いつ器から溢れるのか。それの見極めが出来なかった。注がれる水が徐々に少なっていくのは感じていた。だからこそ私は限界を見極めることに注力した。私なら神の世界が消失する直前、人の世界を消滅させられる。そう確信していた」  「傲慢だねぇ。本当にそう思ってたのかなぁ。いっそ神の世界消えても──」  「学院長」  「おっと、口が滑ったね」  「世界に関しては貴方が一番詳しいのね、やっぱり」  「そんな事はない。私は全体を把握できるだけだ。見聞は個人の域を出ない。そういった意味で大陸を駆け回る君のほうが私より世界に詳しい」  「ふふ、そうね。情報は私達が集めるわ。それで問題の対策を貴方が考える事で過激派の行動を抑制する。そういう事で良いのよね、御爺様?」  「あぁ、頼むよ」  「どーいうこと?」  ロコはアイカに抱かれながら首を傾げる  「……なんでこの子にしたの?」  「いやぁ、別に僕やダンドットが選んだわけじゃないし……。嫌がらせじゃない?」  「……こんなんでいいの?」  「まぁ、良いだろう。自分たちの巻いた種だ。お偉方もこの子の報告を無下にはできないだろう。何せ、自分たちで選任したのだからな」  「アイカ君、頼んだ」  「頼んだって……。まぁ、良いわ。ロコ、シヅナと行動して不思議だと思うことがあったら、迷わず彼に聞きなさい。それでもわからなくて、彼も判断に迷うようなことが起きた場合、御爺様に連絡しなさい。学院にきて、自分の名前で学院長を呼べば応対するわ。そうよね、学院長」  「もちろんだとも。学院は誰にでも門を開こう」  「エニア、交流は順調?」  「えぇ、それなりに有意義だわ。ここにいる全員が違う大陸から来てるみたい、よ……?」  「……何よ。言いたいことがあるなら言いなさい」  「何でその子抱きしめてるの」  「あら、嫉妬かしら」  アイカが椅子に座ると、ロコは躊躇わずに膝に座る  「いや、えぇ……? 何、隠し子?」  「……離してくれないのよ」  「アイカ、良い匂いする」  「まぁ、シヅナよりは良い匂いしそうね。それでそっちは満足した?」  「えぇ、一先ずは。直接話すこともできたし、いいコネが出来たわ」  「そう。それなら来た価値があったわね」  「そうね」  アイカは空いたグラスに酒を注ぐ  「君も飲みなさい」  返事を待たずにエニアのグラスに酒が注がれる  「まぁ、いいけど」  「私も御一緒して宜しいでしょうか」  にこやかな聖女がエニアの横に立つ  「お酒は?」  「嗜む程度に」  エニアに差し出された酒瓶を見て、手元のグラスを空にする。透明な赤い液体がグラスを満たしていく  「うふふ、女子会ですね」  「そうね」  「じょしかい?」  「女の人だけで話すことよ」  「ナチュラルにお姉さんぶってるわね」  「私、貴方達よりお姉さんよ?」  「そう年の差があるようには見えませんね」  「神はそういうものなのよ」  「羨ましいですね。お幾つで?」  「貴方いい度胸ね、さすが聖女と呼ばれるだけあるわ」  「私もアイカの年知らないわね」  「教える必要も知る必要もないわよ」  「クインに聞きましたが、神はほぼ不老なのですよね?」  「そうよ。能力のピークを発揮できる状態を長期間維持するように出来ているわ」  「便利よね。その子はまだ成長途中なの?」  「ピークは個体によるから断言はできないけど、たぶんそうね」  「成長速度に違いはあるの?」  「人とかしら。基本的にはピークを迎えるまでは同じくらいよ」  「後十年もしたらアイカみたいになるのね」  「何よ私みたいって」  「ロコちゃん、可愛いまま育ってくださいね」  「貴女、本当にいい度胸ね」  「聖女ですから」  「それは関係ないわね」  「時に傀儡、君の魔法は死者を操るものだったね。腐らないのかい?」  「色々加工している。生物の形を保った袋と言ったほうが正しいかもしれん」  「気になるなぁ、それって召喚できるのかな」  「知らん。生物として判断できるのかもわからん」  「今度見せてよ」  「誰が自分の手の内を明かすんだ」  「魔剣は色々話していたよ」  「実際、剣技で来られて魔法も対策されてるなら物量でしか対応出来ないな」  「そんな事はないぞ、傀儡。私が対応できる魔法などたかが知れてる」  「近寄らせないのが最善か」  ツェードが呟いた  「広範囲魔法に巻き込まれても対応できない。私は剣士だ。接近せねば話にならない」  「本当に口が軽いね」  ルシルは不思議そうにシヅナをみる  「明確な弱点を把握してるからこそ、明確な対策も練られるものだ」  「その通りだな」  「相手にすると厄介そうだね、君は」  「さぁさぁ、宴もたけなわ。君たちのおかげで目的は見事達成できたよ。そろそろ解散しようか。せっかく交流した君たちを引き離すのは心苦しいが、仕方ない。今回は正規な手続きで招待したから、きちんと同じところから帰る必要があるんだ。だから、次に会いたいときは直接会いに行くことを推奨するよ。都合のいい伝書鳩に担当の神を使えばいいからさ」  ダンドットは隣でため息をつく。  「各々、相方と来た扉を通ってくれ。それで帰ることができる。好きに帰ってくれ」  傀儡とツェードが席を立ち、扉へ向かう  「傀儡さん、今回は話せませんでしたが私もあなたの魔法に興味があります。近いうちにお会いしましょう」  「来るな」  それだけを言い残し二人は扉の奥へと消えていった  「振られてしまいました。クイン」  「手配はおまかせを」  「私達も帰ろうか」  「はーい」  シヅナとロコも扉を開く  「アイカー、またねー」  「えぇ、またね」  「その時は魔剣の技を見せてもらうわ」  「約束はしない」  「じゃあ、僕らも帰るよ」  「博士、私は自分の能力を補うのに道具を使っているわ。貴方の知る生物の知識、素材がほしいときに頼るかもしれないわ」  「構わないよ、困ったときはお互い様さ」  「変な要求されるかもしれないので、気をつけてね」  「変なとは失礼な。その時に気になることを要求しているだけだ」  「ちょっと頼むの怖くなってきたわ」  二人も退室  「では、クイン。帰りますよ」  「はい、リリス様」  「もう完全に執事よね、貴方」  「執事などおこがましい。私はリリス様の身の回りの世話をする家具です」  「奇特な神もいたものねぇ」  「女子会楽しませてもらいました。女の子同士、他愛ない世間話をするのは久しかったもので」  「そう、楽しめたなら良かったわ」  「ぜひ、またの機会に」  「それでは、また」  退室  「学院長、私達も……」  エニアの視線の先に二人はいない。  「もうここには居ないみたいね」  「……何なのよ、もう」  「帰りましょう。ここに残っても時間の無駄よ」  「わかったわ。行きましょう」  エニアとアイカも席を立ち、扉の奥へと姿を消した。  「エニア、先に帰っていいわよ」  「シリアのところ?」  「そうよ」  「昔言ってた勝てない神って彼?」  「そう。だからたまに喧嘩売ってるのよ」  「結界って貴女を追い払いたいから張ってるんじゃない?」  アイカが一瞬止まる  「……それは無いわね」  「なんで言い切れるのよ」  「あんな弱い結界とか意味ないし」  「壊されると面倒だから弱い壁作ってるんじゃないの、心理的に」  エニアの放言に再停止  「……いえ、無いわね。私、シリアと付き合い長いし」  「貴女もしかして、その長い付き合いの中いつも喧嘩売ってるの?」  「……いつもじゃないわ」  「本当に?」  「五分五分、六割……。七割くらいよ、たぶん」  「……貴女ね」  「……何よ」  「はぁ、いいわ。帰ってるから好きに遊んでて」  「何か含みないかしら」  「気のせいよ。それじゃあね」  エニアは丘を下り、アイカは小屋へと足を運んだ。