「せんせーって本当に見た目変わんないよね」 「そう? これでも昔よりは身長伸びたんだよ」 魔王ちゃんこと鷲ノ宮うるかは勉強に飽きたのか、ペンから手を離し大きく伸びをする。 時末蓮が彼女の家庭教師になってから一年程経過した。家庭教師になったきっかけはたまたま母親と知り合いになり、娘が高校に通うと言う世間話が起因となる。高校は一般的なレベルだが、入学出来ても勉強嫌いで下手をすれば留年するかもという不安の吐露。他意はなく、あくまで世間話のつもりで勉強を教えましょうかと口走ってしまった。最初は少しだけ勉強を教えて欲しいという話であったが気がつけば週三程度になり、未だに家庭教師を継続している。この一年の付き合いでわかったのは、彼女は一人だと勉強する気が起きないと言う事だ。根本的に勉強が出来ない訳でも嫌いな訳でもなく、ただ興味が向かないだけのようだ。その為、こうして勉強する時間を設けて世間話に付き合えば基本的には勝手に勉強を進め、たまにわからない所を聞かれる程度で済んでいる。成績が上がったのは単に勉強時間が増えただけで、自分の働きによるものではない。いつだったかそれを母親に伝え、やんわり家庭教師を辞めようとした事がある。しかし娘の世間話に付き合って貰うだけで成績が上がるなら言う事なしだと返されてしまい、自分から教えると言い出した手前辞めたいとは言えなくなってしまい今に至る。 「あれ、そう言えばせんせーって魔法使えるの?」 「使えるよ。君は因子持ってたよね」 待ってましたとばかり得意満面な笑顔になった彼女は声を作る。 「私こそ現代の魔王なのだ」 「はいはい、可愛らしい魔王ちゃんだね。まだ時間まで15分位あるけど休憩?」 「今日は終わり!! やる気なくなっちゃった。せんせーって魔法詳しい?」 「君に高校の勉強を教えるよりは得意だよ」 「ほんと!? じゃあ魔法教えて!!」 「……まぁ良いけど。でも教えたからって大した事出来るようにはならないよ。今は因子で使える魔法も限られて効果も上限は目に見えてるし」 「そっかぁ。自分の魔法の使い方も覚えたいんだけど、今は魔法について全然わかんないから漠然とでもいーから教えてほしーな」 「……たまには良いかな。じゃあ一つ講義しようか」 時末連は背もたれに体を預け、軽く瞼を閉じた。さて、どこから話すべきか。現代の魔法は本来の魔法から乖離しすぎている。長い時間の中でかつての知識や技術は廃れ、今は残滓と呼ぶのが正しい程度の因子だけが細々と受継がれていた。 「魔法概論とでも言おうかな。僕の話は昔話、お伽噺と思って話半分で聞いてよ」 「昔話好きだから楽しみ」 「テストには出ないけどね。それじゃあ──」 ──遥か昔、神代の時代。その頃から今も続く人類の祖先は存在した。広義的に言えば祖先は神である。その時代の神は今で言う全知全能の存在ではなく、人類との違いは魔法適性と寿命を除けば人種程度の違い。個体差程度の差であった。いや、あの頃はまだ魔法生物が存在した。魔法生物である神が生み出した生物が人類であり、見た目は神を模した姿である。 「えー、神様って人が想像したから私達と同じ姿なんじゃないの?」 「僕が知る限りは逆だね。人類が自分達よりも凄い魔法を使える似た見た目の生物を神と呼び始めたんだ。自由ではないにしろ、今と違って人と神は交流があったみたいだよ」 魔法に関して、因子持ちしか魔法を使えない現代は便宜的に第三世代と呼称している。第零世代が前述した神代の時代、魔法の始まりで神の魔法、又は同等の魔法を指す。第一世代は神の魔法をより汎用的に使える様調整した人間の魔法を指す。第零世代は単純な仕組みで大味な魔法だが、各々が特定の属性で突出した魔法となる。それを個人で様々な属性の魔法を扱えるように技術体系を整備し、効果は下がる分より精密に調整できるようにしたものが第一世代。 「各々が特定の属性に突出した魔法ってどういうこと?」 「神は第一世代の人間みたいに複数の属性の魔法は扱えないんだ。例えば火の神なら火の魔法、氷の神なら氷の魔法のみしか使えないけど自然災害みたいな魔法を使えたんだ」 「うわぁ、規模が凄いけど使い勝手悪そー」 「昔は今みたいに何処にでも建物があったわけじゃないからね。自然災害が起きても被害は少なかったのかな」 第二世代は西暦で言えば500年前後。第一世代の魔法を扱ってた人達よりも魔法適性が下がった人類が、自分達に合わせて魔法体系を再編纂した魔法を指す。第一世代との違いは魔法発動に使う元素の選別と、扱う魔法がより小規模に纏まり洗練された事である。 「元素ってなに?」 「あぁ、そっか。因子はもうその状態なんだね。元素っていうのはそうだね──」 魔法の発動には本来、各々の魔法に適した元素が必要である。第一世代であれば火の魔法を使うには火属性の元素、風ならば風属性の元素を消費して魔法は発動される。この各々の属性の元素は一纏めに属性の欠片と呼称された。第二世代では各々の属性の欠片を扱う能力が下がった事で、個々の属性ではなく包括して扱うように発展した。この事から複数の属性を指す属性の欠片という呼び方は廃れ、魔素という呼び方が一般的となる。 「んーと、零世代と一世代が属性の欠片って呼んでて、第二世代が魔素って呼んでる。呼び方が変わっただけで同じ元素の事を指してるんだよね?」 「言葉に含まれる意味は変わるけどね。ハンガーを昔は衣紋掛けって呼んでいた程度の違いかな。最後は第三世代の因子持ちだね」 第二世代以降、長い時間をかけて人類の魔法適性は退化していった。元素を認識する能力も扱う技術もない人類に残った最後の魔法は、因子という魔法を個別に記憶した遺伝子である。零から第二世代まで魔法は人類共通の技術であったが、第三世代では継承される特異な体質による特殊能力となっていた。便宜上第三世代と呼称したが技術体系が完全に変わっており、別物と言っても良いものである。 「第一世代からずっと魔法適性って低くなってたんだね」 「人類はあくまでも神が作った模造品だからね。代を重ねる毎に劣化しても仕方ないよ」 「劣化って嫌な言い方しないでよ」 「魔法適正に関しての話だよ。そもそも魔法生物と人類じゃ体の作りが違うから、不要な物を排したと考えれば進化だしね。それに必ずしも第三世代の因子が前世代と比べて劣化してるとも言い切れないよ」 「そうなの?」 「うん。でもこの話は少し長くなるから次の機会にね」 時計を見ると後5分で家庭教師も終わりである。長い話を半端にするよりも切りの良いところで終えた方が良いと時末連は話を区切った。それに了承した魔王ちゃんはふと思った事を口にする。 「あれ、私って魔王因子って言われてるけど魔王と勇者で因子に違いってあるの?」 「それは因子元の違いだね。人類から受け継がれた因子が勇者因子で、魔法生物から受け継がれた因子が魔王因子って違いだよ」 「え、私の祖先って魔法生物なの? じゃあ神様の子孫って事? 私って魔王で神なの? 最強じゃん」 「何か愉快だからそういう事にしとこうか」 「まさか自分の祖先を知って覚醒する時が来るなんて……、ふふふ。我こそは魔王神、鷲ノ宮うるかである!!」 「はいはい、元気だね。じゃあ今日はここまで」 「はーい。せんせー、またねー」 恐らく魔王神のポーズを取る魔王ちゃんに見送られ、時末連は本日の家庭教師を終え帰路へつく。彼女に講義をしたからか、現代で生きるにあたり少し魔法から離れていた事を思い出した。一日の終わりを感じる夕暮れに染まる町並みを見て、蓮は漠然と物寂しい気分になってしまった。
◇
「琴音ちゃん、うぃーす。調子はどう?」 「現場には来ないでくださいって言ってますよね? やる気下がるので」 「そうは言っても、僕は君の担当だからさ。最低限は必要なんだよ」 紗衣ちゃんの気紛れがここまで続くとは思っていなかった。初めは興味の無かったファッションも色々学べば存外に楽しいもので、自分をスカウトした九十九一の口車にも乗せられて今も読者モデルをやっていた。相変わらず軽薄な態度の優男は柄物のシャツの上に白のスーツを着込み、レンズの小さいサングラスを掛けている。 「いやぁ、君が一年以上やってくれるとは思わなかったよ」 「……まぁ、撮影は月に二回程度ですし」 「それでも高校行きながら雑務で呼び出されて大変でしょ?」 「そう思うなら全部貴方が片付けて下さい」 高校二年生の夏、初めての撮影から一年半程経過している。 何事にも二面性はあるもので、流されて始めた読者モデルにも良い所と悪い所を星ヵ神琴音は感じていた。良い所は単純な知名度とファッションに関する知識、自分を魅力的に見せる方法を知れた事。悪いことは少しばかり日常が忙しなくなった事と勉強面が不安な事である。元々積極性が低い自分でも高校で半年ほど過ごせば、学内の女子生徒が学年問わずに話しかけてくれるのだ。慣れるまでは躊躇いもあったが今では純粋に交友関係を広げるきっかけとなり、慣れてしまえば学内の女生徒に関しては大半が友好的である。ファッションに関しても未だ知らない事が多いが、自分のやってる事に直結するならば学ぶ事も特段苦痛にも感じない。だからこそデメリットが目に付いてしまう。知名度が先走って誰ともわからない人間が話しかけてくる様になってしまったのだ。今でこそ大分収まってはいるが、高校一年生の時は酷かった。まっまく繋がりもない人から唐突に遊びに誘われたり、男子学生に意味もなく呼び止められたり。思い返しても気分の良くない思い出である。それも今では友達ができた事で、誰かと一緒にいれば基本的には声を掛けられない様にもなっていた。 「次は勝てそう?」 「……負けるつもりで勝負はしてませんよ」 彼の言葉で前回の勝敗を思い出してしまう。もう一年は企画を通して小競り合いしている他社に所属している魔王ちゃん。自分と同い年で同時期に活動を始めた女の子だが、自分とは違い小柄で溌剌で可愛らしい子であった。高校二年生、前回の春の企業間勝負では負けてしまった。次の勝負は来月である。今まで活動が続いたのは初回で負けた事を未だに引きずっているからかもしれない。 「君の勝ち気な性格は好きだよ」 「貴方に言われても気持ち悪いだけなのを自覚してください」 「冷たいなぁ。まぁでも、正直あの魔王の子は予想外だったなぁ。僕は君を見つけて勝ち確だと思ったのにさ」 ──まさかあんな原石が現れるとは思っていなかった。それもライバル企業とも呼べる徳倉芸能事務所に取られてしまうなんて。しかしながら弊社のお上も中々のもの。いつの間にやら取り付けたコラボ企画で新人同士を各季節ごとに雑誌と配信サイトで対決させる長期的なコーデバトル。これで期待の新人を同時に発表し抜け駆けをさせないという狙いもあったが、本来は星ヵ神琴音の華々しいデビューで差をつけるつもりであった。しかしながら初戦は惜敗。決して琴音に魅力が無かった訳ではない。彼女を見つけた自分の目は確かで、それはお上も認めている。だが、それ以上に彼女が強かった。 鷲ノ宮うるか。徳倉芸能事務所の魔王。読者モデルも配信も初めてだという彼女。恐らく雑誌だけでなら琴音に分があった。メインの購読層は大人に憧れる年頃の学生で、純粋な見た目で比べれば大人びた琴音の方が適任なのだ。だが、それを初配信で覆された。 『私は現代の魔王、鷲ノ宮うるかである!!』 コーデなど二の次と言わんばかりに、腰から上のアッブで始まった配信。腕を組み得意満面な笑みを浮かべた彼女の声は、まだまだ甲高い。だが自信に満ち溢れた堂に入った立ち姿と第一声は目を奪うには充分過ぎる掴みである。自己紹介はたったそれだけ。そこからは春の魔王コーデ解説が始まった。ファッションの完成度で言えば甘さが目につくも、それ以上にこれが好きだから選んだのと年相応の無邪気さが印象的だ。5分程度の配信が終わってみれば、元気で可愛い子だったと言う感想が残る。このコーデバトルの審査員は雑誌の読者、配信を見た方々。つまりはコーデのプロによる審査ではない。はっきり言って初戦で負けたのは自分達の戦略ミスで琴音に落ち度はない。この初戦、コーデで負けたのではなく魔王のキャラクター性に負けたのだ。徳倉芸能事務所が数年前から行っていた魔王番付と勇者番付。大した価値のない情報だと思い気にしてすらいなかった。だが、その価値がないと思っていた情報が彼女の言葉を明確に裏付ける事になる。全年代を含めた魔王番付のトップは圧倒的な数値を叩き出した鷲ノ宮うるか。二位と二倍以上の差をつける因子濃度。検査機関の公表によると因子濃度50%以上は全体の10%、非公式の情報によれば国内に100人もいないらしい。 初戦に負けた後に開かれた会議ではキャラクター性に言及される。足りなかったのは読者層への親近感、琴音個人に対するアプローチ不足なのは全員の共通認識であった。次の勝負は四ヶ月後の夏コーデ、ここで勝たないと相手を立てるだけの企画になってしまう。自分が見つけた琴音がそんな端役に収まる器な訳が無い。 『相手が現代の魔王なら、こっちは現代の勇者とか良いんじゃない?』 『九十九、彼女が因子持ちか確認は?』 『してませんね。そもそもウチの基準にありませんし』 『確認してくれ。先ずはそこからだな』 『……勇者ですよ。いつだって魔王を倒すのは勇者の役目ですから』 「琴音ちゃん、今の戦績は?」 「5回勝負して2勝3敗です、嫌味ですか?」 「まさか。僕は君が勝つと思ってるからね」 星ヵ神琴音は期待通り勇者因子持ちであった。因子濃度は74%。期待以上の結果であり、この数値は魔王の72%を上回る。 やはり魔王を倒すのは勇者なのだ。特性は回復らしく、彼女曰く確かに怪我の治りは早い気がするとの事。 「そうそう、秋の勝負は向こうと合同誌でやる事になったから。撮影も一緒にやるから」 「……初耳ですが」 「初めて言ったからね。だから今回は勝って、対等な条件で魔王と対面しようよ」 「確かに負け越したまま会うのは嫌ですね」 「でしょ? それじゃあ僕は帰るから頑張ってね」 大した用もなく現れた優男は世間話に満足して帰って行った。 「合同誌かぁ」 雑誌と配信で何度も見た鷲ノ宮うるか、同い年で同時に活動を開始したライバル。彼女は普段どんな子なのだろうか。どうせ会うならライバルとして胸を張って会いたいものだ。ともすれば今度の勝負は何がなんでも勝ってイーブンに持ち込みたい。そうしないときっと、自分は胸を張って彼女に会える自信がない。
◇
早いもので季節は秋である。 晩夏と初秋を兼ね備えた時期は服装に困ってしまう。まだ蒸し暑さを感じるかと思えば急に寒い。先週だったか、紗衣ちゃんに貰ったマリンワンピースを寝間着に快適さを堪能していたが、今は夜が暑かったり寒かったり。不安定な気候に困ったものだと星ヵ神琴音は唇を尖らせる。来週には合同誌の撮影があると九十九から連絡が来ており、どことなく嫌な気分になった。別に撮影が嫌なわけではない。九十九から連絡が来るのが嫌なのだ。仕事もこなすし、ほとんど関わってこないのは助かっている。それでも彼からくる業務連絡には妙な怖さというか嫌悪感を感じてしまう。 「なんでだろ」 うぅむと些細な疑問に唸りつつ、スマホをベッドに投げる。 これって何も彼から直接連絡をもらう必要はないのではないか、誰かが間に入っても何ら問題はないはずである。以前、彼に苦言を呈したがその際も「一応、僕が担当だからね」と無駄な責任感を持った発言を残してくれた。それはわかる、意外と真面目なのもわかる。それでも、それでもだ。真面目な責任感と私の受け取り方は違う。どれだけ真摯な理由があろうと生理的に受け付けないものなのだ。それに折り合いをつけろと言うのは我慢の強要でしかない。それならば同じ意味の言葉を他の人経由にすれば必要事項も満たして、私も妙な嫌悪感に悩まされることもない。誰が困ると言えば間に挟まる人に一手間増える程度。もし私が使えるのであれば、その程度の妥協はしてほしいという訴えは棄却された。 『そこまで嫌なら無理に続けなくていいよ』 こんな言葉はズルすぎる。それは辞めずに続けた私に軽く投げられた言葉であったが、もう一年は読者モデルを続けていたのだ。その一年をたった一言で無駄にできる言葉。それを善意から口にする彼。あぁきっと、そう言った善意が他人を責める事を彼は知らないか、あわよくばで利用する人種なのだ。それが私には受け付けない。 『僕としては君が辞めるのは惜しいよ。僕の目はいつだって正しいからね。君は間違いなく固定のファンがついて売れる』 『調子が良いですね』 『お世辞じゃないよ、僕は自分の目に自信があるからね。君に辞めて欲しくないからお世辞を言ってるわけじゃない。僕の目が正しいから君に惜しいって言ってるんだよ』 『自意識過剰では?』 『自意識過剰な人は君みたいな子供に土下座しないんじゃないかな?』 何かムカつくけど理解はできる。押し付けられる善意が私に今辞めるのは人生において損になると告げるのだ。 『どれだけ自分の目に自信があるんですか』 『見ただけで他人の下着を当てられる程度には』 『ただの変質者ですね、通報しても良いですか?』 『流石にお子様の君にそんな事はできないよ』 やっぱりムカつく。他人に対してここまで腹立たしい事は初めてかもしれない。 幸いな事に夏の企画では勝つ事が出来た。だからこそ秋の合同誌に対しては落ち着いた気持ちである。いや、どうだ? 本当に落ち着いているのか? 前回の勝利に納得がいかず、思い返すは前回の彼女。夏の企画で彼女は堂々と長袖を披露して『うん、暑い』と言っていた。それが通る企画はどうなのか。いや、いつも通り好きな所を主張する彼女は可愛かった。とは言えだ、流石に読者が真似をするにはハードルが高い。お陰様で自分が勝ったが、どちらかといえば彼女が勝負を降りていたのではないかと疑ってしまう。しかしながら戦績はイーブン、数値上の結果なら対等。相手の思惑は置いておいて、結果だけを見て胸を張ろうと琴音は割り切っていた。 ──合同誌の撮影まで2週間。一番の気がかりは九十九が同行する事である。一人で行けると言ったがいつも通り「一応、僕が担当だからね」と返されてしまった。 「初めまして。徳倉芸能事務所の九十九一です」 「初めまして。坂崎芸能事務所の吉田由紀です」 互いに名刺を交換した二人は続けて後ろに控える自分達を紹介する。 「こちらが"現代の勇者ちゃん"こと星ヵ神琴音です」 「あらあら奇遇ですねぇ。この子が"魔王ちゃん"こと鷲ノ宮うるかです」 「……初めまして、星ヵ神琴音です」 「えぇっと、鷲ノ宮うるかです」 妙に剣呑な二人は笑顔で互いを牽制しているのを見て、私達は互いを見て苦笑してしまう。 「へー、奇遇ですねー。同じ売り方をしているなんてー」 「いやー、奇遇ですねー。徳倉さんも番付をしていたんですねー」 最初に自分から切り出す事でさも以前からやっていたような口振りで話す九十九に大人のいやらしさを感じる琴音は、やや居づらさを感じてしまう。 「ねぇねぇ、琴音ちゃん」 二人が何か言い合ってる中、控えめな彼女の声が届く。 「はい?」 「琴音ちゃんって同い年だよね? あっ、琴音ちゃんって呼んでもいーい?」 「同い年ですね。呼びやすい呼び方で良いですよ」 「じゃあ琴ちゃん!! 私も好きに呼んで良いよ」 さっきと呼び方が変わっているとは思いつつ、キラキラした瞳が名前を読んでと催促してくる。 「あっ、とその……。じゃあ、うるちゃん?」 「初めての呼び方!! 琴ちゃんしか呼ばない呼び方って何か良いね」 はしゃぎ回るような子犬な彼女。素なのかキャラなのか判別はできないが、ただただ可愛い。こんな子が魔王を公言しているとは想像が出来なかった。だからこそ、ちょっとした悪戯心が芽生えてしまう。 「ねぇうるちゃん、配信の挨拶聞かせて欲しいな」 「うぇっ!? 人前はちょっと恥ずかしいかなって……」 「あら、魔王ちゃん。面接でした挨拶なのに恥ずかしいの?」 「ちょっと由紀ちゃん、それとは違うの」 「琴音ちゃん、君の挨拶もしてあげなよ」 「口を開かないでください」 やや戸惑う小柄な彼女は肩幅に足を開き、胸元に手を当てて声を張った。 「私が現代の魔王、鷲ノ宮うるかである!!」 耳が赤い。頬も赤い。みんなに押されるように見せる挨拶は彼女に羞恥を感じさせるには充分であった。無言の空間に耐えられなくなった彼女は両手で顔を隠して「ばかばか」と誰かに対して文句を口にしていた。 「ほら、本家を見せてあげてよ」 「貴方は口が減りませんね。よく後追いなのにそこまで堂々と」 「えー、私も琴音ちゃんの挨拶聞きたいなー」 「聞きたいなー」 「吉田さんまで……。貴方は気持ち悪いので死んでください」 指の隙間からうるかがちらちらと琴音を見ている。その弱々しさは私も恥ずかしいことしたからやって? と無号の圧を放っている。大人二人の好奇の瞳に引き止める気持ちは微塵もない。まじかと内心思いつつ、諦めて覚悟を決める。この気持ちの切り替えが出来るようになったのも読者モデルを経験したからかもしれない。星ヵ神琴音は引きずるように足を開き、胸元に手をおいた。 「わ、私が現代の勇しゃ……、星ヵ神琴音!! です」 「恥ずかしさが残ってる。29点」 「初々しさに期待感を持っちゃいますね。77点」 「かわいいから100点あげる!!」 うるちゃんの気持ちが理解できた。琴音は何をやってるんだと羞恥に責められ、顔を隠してその場に座り込んでしまった。 「……見ないで、お願いだから」 「この子に比べて魔王ちゃんは堂々としてたね、流石だよ」 「色々と図太いのよね、この子」 「由紀ちゃん、それ褒めてる?」 屈み込んで様子を見てくれるうるかに、一頻り恥ずかしがった琴音は礼を言って立ち上がる。 「うるちゃん、ありがと」 「大丈夫?」 「君らも自己紹介は充分みたいだね」 「魔王ちゃんの友達が勇者ちゃんって良いですね」 「どっちも企画でいけますね。この企画の後に二人の日常でコラボしますか?」 「いいですね。企画詰めますか」 普段は企画で勝負する二人の日常。それも勝負ではなく二人で遊ぶ姿は互いのファンの需要を満たす事もできるだろう。大人二人が話を詰める中、魔王ちゃんと勇者ちゃんは雑談で交友を深めていく。 今日は撮影前の挨拶がてら、どういった撮影をするのかを共通認識にする事で解散となった。