「ピスピ様、お待ちください!!」 「うるさーい!! もうララちゃんに続いてサレンちゃん、モルちゃんとミューちゃんも連絡取れないの。ベスタちゃんが言った通り【永遠の闇】が復活してたら、今のままじゃ駄目なのわかるでしょ?」 「ですが、まだ私達の世界に契約者は現れていません。神も目覚めておらず……」 「だから叩き起こすの!! 神様が起きれば契約者も現れるに違いないの!!」 「そんな不確かな考えで……」 「待ってるだけじゃ遅いの。【永遠の闇】は待ってくれないの。わかった?」 第六異層世界ロンロン・ピスピ。 幼い見た目の少女は足早に廊下を進む。彼女をピスピ様と呼び、必死に宥めようと侍女が覗き込むように話しかけるが聞き入れない。 止まらない足は迷わずに神の元へと向かっていた。 ◇ 俺の名前は九十九一、19歳。 容姿端麗、成績優秀、運動神経抜群。 人は俺の事を一から百まで完璧な男と呼ぶ。 今日も周囲からの熱い眼差しを感じるが致し方なし。 何故なら俺を見ない事など不可能だからだ。 ヒソヒソと噂話の主役になるのも日常茶飯事。 俺は今日も世界の中心を闊歩する。 「うげ、見ちゃったよ……」 「まじ? 最悪じゃん。目洗ったら?」 「あー、次の講義同じだわ」 「……一番後ろに座んなよ、あいつ絶対最前列の真ん中に座るし」 「うん、そうする」 講義中はいつも最前列の中央に座る。 それも一重に他の学徒の為なのだ。 俺が後ろにいては、見たくても見れないだろう。 だが、前に座れば講義を受けつつも俺を見る事ができる。 他者への配慮を忘れないのも俺が完璧と言われる由縁だろう。 「さて、ではこの詰問を……」 優雅に手を上げるは頭を上げる鶴の如し。 学徒全員の視線が手を熱く焼いているのを感じる。 「えぇっと、そうだな……。うん、他には、いないかぁ。それじゃあ九十九君」 俺の存在は教諭ですら見過ごせない。 おもむろに立ち上がり腕を組み、足を肩幅に広げ学徒を一通り見回した。 「熱力学第零法則。温度計の計測温度が正当化されるのも第零法則により熱平衡であると定義できる為です」 「なんで毎回こっち見るの、あいつ」 「後ろにいてもこれだもん、嫌だなぁ」 「……あってるけど、僕はこっちだよ」 学徒に正解を示すのも俺の役目。それを踏まえつつ教諭も俺の毅然とした態度で答える姿を正面から見たいと言う。まったくもって完璧とは難しいものである。 あまりの完璧さから女は俺を遠巻きに見るに留まってしまうのはわかるが、俺とて男。女と触れ合いたいものだ。しかしながら俺から寄れば離れてしまう。それは抜き身の刃のような危うさ。俺と触れあえば間違いなく惚れてしまうという女であれば避け得ない事実に対する危険信号、防衛本能。そんな女達を長年観察し続けた特殊技能は男連中と打ち解けるには充分な効果を発揮する。 「おい、九十九。ちょっと来い」 「やれやれ、今日はなんだい?」 悪友代表、榊幸太。野球部に所属する大柄な男である。ノリで行った新歓で披露した特殊技能をいたく気に入った2つ上の先輩である。こう言った目上の者に取りなされるのも完璧さ故、至極当然である。彼は肩を組み、俺の耳元で囁く。 「今日の賭けは一味違うぜ?」 「ふふん、完璧な俺に死角はない」 「わかってるぜ、相棒。今回は同意済みだ。その目で自分の能力が正しいのか確かめられるぜ」 「なん……だと……」 馬鹿な、そんな女がいるものか。そんなものはゲームや漫画の世界のはず。完璧な俺が犯罪など言語道断、今までは法律に触れないよう、犯罪ギリギリでしか能力を使えず自分が能力の恩恵を受ける事など無かった。 「お前の能力は確かだ、俺が保証するぜ。今までお前が見る事が無くて心苦しかったんだぜ? だが今日は違う。一緒に楽しもうぜ」 「いい、のか? 犯罪じゃない……?」 「言っただろ、同意済みだ。お前に見られて、確かめられる事を期待してる女だ。好きなだけ見てやろうぜ?」 くっくっくと下卑た笑みで肩を震わせる榊に合わせ、自分も肩を震わせていることに気づく。時は放課後、場所は空き教室。また後でなと言い残した榊は去って行った。 俺の特殊技能は一言で言えば突出した観察能力と、長年女を観察し続けてきた膨大な情報量を複合した透視である。俺自身は法律遵守で飲めないが、酒を飲んで絡んできた榊に言われ披露した隠し芸。この時が俺の完璧さを学徒に知らしめた瞬間である。やれ変態、やれ覗き魔、やれ犯罪者と言われたが断じて違う。まず第一に完璧な俺は犯罪を犯さない。第二にこの能力は言わばコールド・リーディング。立派に確立された観察法である。第三に俺は変態ではない。決して違う、断じて違う。俺が変態なら男は漏れなく変態である。どんだけ格好いい野郎だろうが、どんなにすかした野郎だろうが、女々しい女みたいな野郎だろうが間違いなく変態である。それを隠すか隠さないか、女が見抜けるか見抜けないかの違いでしかないのだ。そして俺の完璧な目は女の本性を暴き出す。 ──説明しよう!! 九十九一の特殊技能の一つ《完璧な目(パーフェクトアイ)》とは、女性(※1)の体型、性格、話し方、仕草や目の動きから内面を見透かし、下着の趣味嗜好、性感帯、性的趣向を見極めるセクハラ能力(※2)である。紛う事なくセクハラにしか使えない能力である。だが九十九自身はセクハラだと思っていない。何故なら自分は完璧だという自負があり、完璧な自分がセクハラなど低俗な事をして喜ぶ訳がないからである。そうセクハラは犯罪なのだ。完璧な自分が犯罪を犯す訳がない。故にセクハラでは無いことは自明なのだ!!(※3) ※1:野郎には発動出来ません。 ※2:現実レベルに昇華した妄想です。 ※3:しつこく否定する場合、本音は逆の場合が多い。 質が悪いと開き直る場合もある。 「うえっへっへ、このスケを好きにしていいんですかぁ? 榊の旦那ぁ」 「キャラ壊れてるぞ」 「おっと失礼。うえっへっへ」 榊に連れてこられた空き教室。そこには一人の女学徒が佇んでいた。 黒柳アゲハ、4回生。英文科専攻らしい。自分は気づかなかったが新歓の時にもいたとの事。それで俺の隠し芸を見て興味を持ったという胡散臭い女。だが見た目は大人しい所謂清楚系。だがだからこそ地雷臭がやばい。黒髪ロングに白いブラウス、薄紫のロングスカート。眉尻を下げた彼女は夕陽のせいか頬が高調して見えた。妙にどきりとさせるしおらしい動作、緩慢とも丁寧とも違う他人に見せる事を前提とした女らしすぎる仕草。 「九十九君だよね? こんにちわ」 片手を太ももに置いたまま小さく手を振って彼女は微笑む。 優しく穏やかな声が耳に優しいが、少し前屈みな格好はスカートに体のラインをはっきりと浮かび上がらせ、押し付けるように下着の際を見せつける。一目見てわかった。この女はドSであると。自分の武器を理解した所作や服装、声も作っているのだろう。 「はじめまして、お嬢さん」 「ふふ、初めてじゃないよぅ」 「榊さん、この人とは知り合いで?」 「いや、俺もこの前が初めてで最近少し話したらお前に会いたいって言うから連れてきた」 なるほど、遠慮はいらないようだ。 「あれを見て俺に興味を持ってくれるなんて変わってますね」 「そんなことないよぅ。本当に教えてもらってたんじゃないの?」 「聞くまでもないので」 彼女はきょとんと目を丸めると口元に手を当てて笑う。お腹を抱えるように置いた腕は自然に見える程度に胸を持ち上げて揺らしていた。そんな無防備さも計算しているのはわかりきっている。だが白いブラウスに浮く淡いピンクは網膜に容易く焼き付いた。 「すごいねぇ。私のもわかっちゃうのぉ?」 「わかりますね」 「……お前すげぇよ、自分の事完璧とか言うだけあるわ」 あまりの完璧さに感動している榊をよそに眼の前の彼女の全身をなめるように見回す姿は変質者然としていた。ここにもし状況を知らない人が来たならば、かよわい女性を空き教室に連れ込んだ変質者二人にしか見てないだろう。だが、そんな事を九十九一が認める訳がない。なぜなら彼は完璧なのだから。 「……綺麗な肌ですね」 「九十九君、そんなに見られると恥ずかしいよ」 照れたように彼女は九十九が観察していた首を白く細い指で隠す。 「25歳ですね。指から薬品の匂いがしました。理学部か医学部でしょう」 ピクリと指が強張った。英文科と言うのも自分を試す為だけの意味のないプラフ。 「あれ、ばれちゃったぁ?」 「アゲハさん、何でそんな嘘ついたんすか」 「ちょっと意地悪したかっただけなんだけど九十九君に隠し事はできないみたいだね」 「カラスの濡れ羽色と言う言葉がありますが、髪の艶はそれを連想させますね」 「ふふ、ありがと。お手入れ大変なんだよ?」 首に当てていた手で髪を軽くはらう。一本一本が艷やかで、絹糸の束の様にさらさらと絡む事なく髪は靡く。髪も自慢の一つなのだろう。見せ付けるようにはらった髪からは柔らかい石鹸の香りが立ち昇っていた。 黒柳アゲハは食虫植物である。 過剰にしおらしく見える動作、小動物の様な控えめな主張、間近で体中を見つめられてもわざとらしく身じろぐが逃げる事も無いパーソナルスペースの狭さ、自分に気を許していると誤解させる柔和な態度。それは全て黒柳アゲハの思惑通りなのだ。自分が手を出していると相手に思わせるが、実際には手を出す様に仕向けられている。男を手玉に取る女なんて性悪に他ならない。清楚な見た目に騙される奴は都合良く捕食される虫である。自分の武器を自覚し、洗練した結果が今の姿。その努力は認めるが見た目や動作で誤魔化しきれない気持ちの悪い自信、弱さを擬態する捕食者。悪臭を放つ毒花に引き寄せられた愚かな虫は、相手が逃げない事をいい事に至近距離で全身を視姦する。だが九十九一は視姦すら正当化し、観察と言い張るが明らかに変質者である。 「えっとぅ、流石に恥ずかしくなって来たんだけど……」 「どうだ、相棒。そんだけ舐め回す様に視姦すればわかるよな?」 「無論だ。もう答えは見えている」 「おお、流石じゃねぇか。勿体ぶんなよ」 演技をするアゲハと演技をせず期待を口にする榊。人間性だけを見れば榊の方が好感を持てた。だが男だ。男の人間性など女の前に価値などない。例え毒花であろうと、毒花だからこその魅力がある。首、髪、胸、腰、臀部、太腿、脛、そして足元。この機会を逃さないからこそ完璧と名乗れる九十九は胸をガン見している事を、本人に見られている事を知りつつも恥などなく堪能する。何故なら本人が許可済みでこれは犯罪に当たらないからだ。 薄紫のロングスカートの先から見える足首は薄い黒のタイツで包まれている。スカートの中を見透かすように視線を上げ、腹、胸へと撫で上げた時、アゲハの顔が視界の端に入った。その顔は毒花らしく、捕食者らしく、庇護欲をそそらせる風貌では隠せない嗜虐的な笑みを浮かべていた。 「おい、早く答えようぜ」 「そう急かさないでくれよ、榊の旦那ぁ。お楽しみはこれからですぜぇ?」 ゆっくりと立ち上がると九十九は榊の横に立った。 「アゲハ嬢はサービス精神も旺盛なようだ。せっかくだから旦那も何か頼んでみては?」 「おっ、まじか!?」 「もぅ、ちょっとだけだよ?」