「……っ」 掬い上げられた意識は瞼の裏に透過する明るさに気づき目を開く。男は明るい室内で簡素なベッドに寝かされていた。ベッドを軋ませながら体を起こす。意識こそ回復したが頭にモヤがかかる。重い頭を支えるように頭に手を当てて、何度か意識して呼吸を繰り返す。徐々に晴れてきた思考は部屋を見渡して、自分の置かれている状況を整理し始める。 「ここはどこだ。……いや、俺は何故ここにいる?」 立ち上がり窓から外を見るが見知った景色ではない。記憶を探ろうとした時、後ろから声がかかった。 「あ、起きました?」 振り返るが知らない顔であった。 「君は?」 「貴方の命の恩人ですよ?」 クスクスと笑いながら彼女は近づいてくる。 「すまない、記憶が混濁していて……。君は俺の知り合いか?」 「数日寝てましたからね。お医者様にも見てもらいましたが怪我もないし、その内起きると言われました。私も貴方とは初対面です。街の近くで倒れていたんですよ?」 「倒れていた?」 自分の体を検めるが違和感はない。痛みもなく、医者の言ったとおり怪我も無いようだった。 「そうですよ。何日か前に見つけまして家に運びました。えっと、記憶がないんですか? 名前は覚えています?」 「名前は……、バルトだ。記憶は──」 ベッドの片隅に纏められた荷物に目が行く。真新しい鎧一式、それは確かに自分が使い古したはずの装備だった。それを認めると濁流のように記憶が溢れ出して思考が加速し、現状を理解した。理解した途端、目の前の女性の両肩を握りしめていた。 「倒れていただと⁉ ここは何処だ、他の奴らは⁉」 「……っ!! いた、痛いです‼」 女性の悲鳴のような声にはっとし、手を離す。酷く怯えて体を縮こまらせる彼女を見て、冷静さを取り戻す。彼女から不安を払拭するためにも数歩、後ろへ下がった。 「……すまない、取り乱した。混乱していて……」 「い、いえ……」 「先ずは非礼を詫びよう、すまなかった。助けてくれて有り難う。記憶はある、思い出した。そこの鎧は俺が身に着けていたものだな?」 「は、はい。そうです」 「怖がらせて済まなかった。すぐに出ていく」 怯える彼女を尻目に、真新しい装備を身につける。劣化のない装備は僅かに違和感があるも馴染むものであった。大剣を背中に背負い、改めて彼女に頭を下げた。 「あの。本当に大丈夫ですか? もう一度お医者様に……」 「いや、急ぐ必要がある。これ以上は世話になれないが……一つ聞きたい。ここはどこだ?」 「えっと、ここはコスタ村です」 「コスタ村……?」 バルとは知らない地名に眉を寄せる。今、目指すべきは王都。 「王都へはどの位かかる?」 「王都ですか? 3日程度かと」 「近いな、運が良い。ありがとう、助かった。この礼は必ず。最後に君の名前を教えてほしい」 「……マリーです」 「コスタ村のマリーだな。わかった」 「あの、何で倒れて……?」 「済まないが答えられない。俺にも理由がわからないんだ。これから、その理由を確認しに行かなければならない。わからない事が多すぎる」 彼女の横を通り抜け、部屋の出口で深く頭を下げると彼女の家を後にした。 3日程度と言うのは馬車だろう。 バルトは村を歩き、運送屋を探す。が、村というだけあって商業施設が見当たらない。自宅と思われる家屋の前で食べ物を広げている露店の店主に声をかけた。 「これを一つ貰おう」 「おや、あんたは確かマリーが見つけた……」 「今日、意識が戻った」 小さな果物を一つ、硬貨と交換で入手すると口に運ぶ。口内も乾いていたのか瑞々しい甘さが染み込むのがわかった。 「ここから王都に行きたいんだが、馬はいないのか?」 「一日に3回、商品を運んで来てくれる荷馬車があるよ。村の外に用事があるなら、それに乗ると良い」 「次はいつ?」 「そろそろだよ。もう少しでお昼だからね。新しい品物が来るよ」 「そうか。どこにいれば会える?」 「村の入口なら間違いないだろうね、向こうだよ」 そう言った店主は自分の歩いてきた方を指差した。反対に歩いたのは運が良かったかもしれない。今の状況では馬を待たずに村を出た可能性もあった。 「わかった、ありがとう」 バルトは急ぐ気持ちを抑えながら、来た道を戻る。マリーの家を通り過ぎ、村の入口に立つ。まだ荷馬車が来ていないことを確認すると、入り口脇に腰を下ろし目を閉じて回想する。 自分は勇者達と魔王城へ行き、魔王と会敵した。結果は無残なもので、敗北したと言って相違ないはずだった。自分の最後の記憶は跪く勇者が、動けない自分たちを振り返り泣いている場面だ。何か言われたのかも覚えてはいない。俺達は魔王に敗北した。勇者の表情がそれを物語っていた。では、何故こんな村で倒れていた。バルトは目を開けると真新しい鎧を見る。 「何で鎧の傷が無いんだ……」 背中の大剣を抜き刃を確かめるが、こちらも綺麗なもので新品のように思えた。大剣を鞘に納め思考する。自分の怪我も完治している。本当なら、あの場で死んでいたはずの怪我が存在しない。鎧も大剣も真新しい。 「時間を遡った……?」 そんな事が可能なのかは魔法に明るくないバルトには判断できない。だが、王都へ行き国王と合えば、その疑問も晴れるはずだ。 遠くからガラガラと音が近づいて来たのに気づき、バルトは立ち上がった。 国王と謁見した結果、時間を遡行したと言うことはなく、正しく進んでいるように思えた。状況の報告をすると、仲間の一人からは手紙にて無事を確認できており、簡単な顛末とこれから戻ると言う話だったらしい。魔王城へ侵攻して最初の帰還者は自分と言うこともあり、子細を報告すると新しい任務を与えられた。 魔王城の斥候。勇者不在ということもあり、無理はせず状況を確認して戻れという勅命。恐らく、戻る頃には仲間も王都に集っているだろうと国王は言っていた。何故自分たちが生きているのかはわからないが、自分と仲間から届いた手紙は、他の仲間も生きている希望に他ならない。 バルトは国王の手配した馬車に乗り、最寄りの都市であるグアンザットを目指す事となった。 「最短の道、最低限の街によるだけで片道2ヶ月か」 「いやぁ、長い旅ですね。バルトさん」 「何が嬉しくて男3人で長旅しないといけないんだ」 「そう言わないでくれよ、戦士殿」 バルトの任務には馬車の操舵手としてジレン、記録・報告係としてハイラが同行することとなった。ジレンは無精髭を生やした壮年の男で、小汚い見た目とは裏腹に快活で人当たりが良い。ハイラはバルトよりは幾分若い青年で、どこか魔王に敗北した勇者達に憧れを抱いているように見えた。 「それに、ほら。もう着くぞ」 「折り返し地点ですね」 「帰るまでが任務だからな」 魔王城も目前ということもあり、前回はほとんど通り抜けるだけだった都市グアンザット。今回は魔王城の状態を知るためにも数日をかけて聞き込みも行う予定である。都市に入る頃には日も暮れて宵闇を迎えていた。 ジレンは馬車を預けに行き、ハイラは手際よく宿の手続きを済ませた。 「夜も遅い。仕事は明日からにしよう」 バルトは二人に告げるとハイラの手配した部屋に入り、鎧を脱ぐとベッドに倒れ込んだ。目を閉じると、どうしても魔王城の事が思い浮かび頭を離れない。幾夜過ごしても夢に見る最後の光景。本当なら全員殺されていたはずの状況。何度考えても答えの出ない生きている理由。仲間の生死。今回の任務で全ての謎が解けるのか。眠れないバルトをよそに、世界は朝を迎えようとしていた。 「は? お嬢様?」 ジレンとハイラは眠るバルトに気を使い、独自に聞き込みを行っていた。昼過ぎに起きたバルトは聞き込みから戻ってきた二人に、昼食に誘われた席で報告を聞かされる。 「らしいぞ、戦士殿。俺と小僧で街の人達に聞き回ったが、今はお嬢様とお付きの従者が住んでいるんだとよ」 「ジレンさん、いい加減小僧って呼ばないでくださいよ」 「魔王はどうなった」 「それがどうも居なくなったとか」 「居なくなった? 誰が確かめた」 「勇者殿達が魔王と戦った後くらいに、お付きの従者が魔王城に入ったんだとよ。それから街の職人を呼んでは城を改修して、お嬢様を迎え入れたとか」 「街の人間が魔王城に入ったのか?」 「そうみたいです。僕が話を聞いた人が丁度、城を改修した方で話を聞けました。これも又聞きにはなりますが、魔王城に入った従者は数日魔物の残党を討伐しながら城を散策したらしいんです。でも、魔王も勇者もいなかったと」 「……きな臭いな。だが、やる事は決まった。その従者かお嬢様に接触して話を聞く」 食事を終えたバルトが立ち上がるが、歯切れ悪くハイラが静止をかけた。 「それなんですが……」 「何だ」 「街の人達と親しいようで、城への馬車を出してもらえず」 「自分の馬車で行こうにも、城へ行くなら出さないと言われる始末だ」 「どういう事だ?」 「どうも呼ばれていない客人は城に入れるつもりはないようで」 「ますますきな臭いな」 「ただ、数日に一回位は従者か街へ来るようなので、その時に話してみてはと言われました」 「それまで待てと?」 「戦士殿、来るのに2ヶ月かけたんだ。ここで荒波を立てる必要もないだろう? 休暇だと思って、ゆっくり待とうぜ?」 ジレンの言う事も理解はできる。街の人と揉めたところで何も利益はない。従者も普段から街を利用しているのは、住人と親しい事から推測できる。流行る気持ちはあるが、ジレンは馬車の操舵で丸2ヶ月働き詰めだった。ハイラにも雑務は全て任せて休みと決めた日は与えていない。それでも二人は文句一つ言わずについてきてくれたのだ。確かにそろそろガス抜きも必要だ。 「わかった、しばらく休みにしよう。二人も働き詰めだったな。従者はこの街には定期的に来るようだし、急ぐ必要はない。ハイラ、グアンザットに着いた報告だけは頼む」 「わかりました」 「さすが戦士殿、話がわかる」 「俺も何かをした訳ではないが、ずっと休みと割り切って休んでいない。今日は一日寝るとするよ」 バルトは外へ向けた足を部屋へと向け直し、寝直すことにした。 バルトが部屋に戻ったのを認めるとジレンが溜息をついた。 「やっと休んだか、戦士殿は」 「本当ですね。何もして無いって、野宿のときは殆ど寝ないで見張りをしてくれてましたし、今だって顔色が悪かったのに」 「焦る気持ちもわかるが戦士殿には先ず、万全の体調になってもらわんとな」 「ええ。何かあった時、戦えるのはバルトさんだけですから」 ずっと顔色の悪かったバルトを二人は思い返す。魔王を倒すという重大な使命を背負って実際に戦ったのに、気がつけば怪我もなく知らない場所に飛ばされていたのだ。理解できない現状に焦る気持ちもあるだろう。同時に魔王城に近づくに連れ顔色が悪くなるのも見て取れた。何かがあった現場に自分の記憶を集めに行くのは不気味に思える。行った結果、何が待ち受けているかもわからない。そんな不安と戦いながらバルトは魔王の膝元まで戻ってきたのだ。 「さて、じゃあ俺達も出来ることをするか」 「そうですね。雑務は僕たちで引き受けましょう」 ハイラとジレンは席を立つと並んで宿を出た。 「それにしても栄えてますね」 ここは魔王の城から最も近い都市だ。魔物の被害も多かっただろう。今も名残なのか、魔物討伐の依頼が掲示板に貼られている。 「魔王の城が近いって言っても、魔王も呪いで何百年も寝てたんだろ? それはもう、ただそこにいるだけで、街の住人からしたら起きてようと寝てようと関係ないんじゃないか」 「まぁ、言ってることは分かりますが……。魔王は起きたら世界を滅ぼすんですよね? その割には悠長と言いますか」 「まぁ、滅ぼすらしいな。だから、その前に魔王を倒すために勇者殿達が派遣されたんだろ」 「そもそも何で今なんですか? もっと早く派遣しても良かったのでは?」 「そんな事、俺が知るか。まぁ聞いた話では魔王の呪いは、魔王の城にも効果があるとかないとか。魔王が寝ているときに魔王城に入ると、入った人間にも眠りの呪いがかかるとか」 「本当ですか、それ? 初めて聞きましたが」 「俺も噂程度に聞いただけだ。勇者殿達が派遣されるタイミングについては、お偉方にしかわからんよ」 ジレンの言う通りだと、ハイラは無駄な考えを放棄する。今大事なのは、魔王の行方と魔王城の現状の把握だ。 「……おい、小僧。あれ」 「何でしょう」 ジレンが指差す方をハイラは向く。視線の先には軽装で腰に剣を携えた男が歩いていた。短く灰色の髪、顔には大きな火傷痕。それは紛れもなく、住民から聞き出した魔王城に住み着いた従者の容貌に相違なかった。それを認めると、ハイラは無意識に駆け出して、男の前で立ち止まっていた。 「あの、すみません」 「はい、何でしょう?」 男は突然声をかけられて驚いたのか一瞬目を丸くするも、すぐに柔和な表情に戻る。ハイラに遅れて、ジレンも重たい体を揺らして男の前に立った。 「あんたに聞きたい事がある」 「聞きたい事ですか?」 「あーもう、ジレンさん失礼ですよ。突然すみません。自分達は王都から来たものでして」 「まどろっこしいなぁ……」 ジレンは腰の剣を一瞥し、男の顔を確かめるように見る。 「王都から、ですか」 男から見れば突然話しかけてきた二人組は不審に見えたのだろう。眉をひそめて二人の顔を見る。 「はい。それで聞きたいのですが、今貴方はあの魔王城に住んでいるというのは本当ですか?」 「ええ、本当ですよ。まぁもう魔王はいませんし、城内にいた魔物は討伐しました」 「そりゃ本当かい、あんた。なんでまた、そんな所に住もうとしたんだ」 「私が住みたかった訳ではありませんよ。私の主が物好きなもので、魔王の城があると知って興味本位で私を派遣しました。中に入って散策しましたが誰もいなかったのを報告すると、主が移り住むと言い出しまして」 男は呆れたように苦笑する。 「主……、ですか」 「はい、主です。所謂箱入り娘ですね。遠い地から自立の為にと移り住みました」 「……あんた、まだ時間はあるか?」 「すみません、急ぎの用事があり城へ戻るところです」 「それなら私達も……」 「申し訳ないのですが、主の許可無く客人を招くことはできません」 「それなら、せめて会って欲しい人が……!!」 「すみません、城で主が待っていますので。どうしてもと言うのであれば3日か4日後、また街に来る用事がありますので、その時にお願いします」 にべもなく、男は断りを入れると二人の横を通り過ぎて既に準備された馬車に乗り走り出してしまった。 「ジレンさん、どう思います?」 「胡散臭いな、顔に笑顔を貼り付いてる」 「何か隠してそうですよね」 「ああ。それに何ていうか妙な威圧感のある男だったな」 「笑顔でしたが有無を言わせない口調でしたからね」 「だがとりあえず、確約ではないが3日か4日後に街に来るのがわかった。戦士殿に十分な土産だろう」 「そうですね。そこでまた約束を取り付けて、城へ入れてもらうのが順当でしょう。そう考えると時間が出来てしまいましたね」 「そうだな、思ったよりも早く仕事も済みそうだな」 「じゃあ、今日はもう僕たちも休みますか」 「そうだな。俺はもう少し街を見て回る」 「わかりました。僕は先に戻らせてもらいます」 二人は分かれると各々、足を踏み出した。 「何で連れてこないんだ」 晩飯を囲むと今日の出来事をバルトに報告する。食事をする手を止めずに、バルトは不服そうに二人を見やる。 「向こうも急ぎのようでしたので」 「代わりに次に来る予定の日を教えてくれたんだ。今までの先の見えない状況からは脱したんじゃないか、戦士殿?」 「それはそうだが……。いや、そうだな。俺が寝てる間に働いてくれたんだ。言葉が違うな。すまない、助かったよ。ありがとう」 「お気になさらずに、仕事ですので」 「一先ずは魔王城の現状は確認できるだろうが、魔王の行方はどうするんだい」 「それは調べるが後回しにする。今回の遠征は魔王城の現状を確認するのみにして、一度戻ろう。恐らく俺と同じ様にどこかに飛ばされた仲間も王都に集まっているはずだ。今度は全員でもう一度、魔王城に行く」 「そうですね。もしかしたら他の方々が何かに気づいているかもしれません」 「それにしても不思議だよなぁ」 ジレンは晩飯のお供に酒を煽る。 「何で魔王は戦士殿を生かしたんだ? 何も得はしないだろう?」 「そうですね。今もこうして魔王城に戻ってきています。また狙われる事くらいは考えているでしょう」 「そうだ。それがわからない。だが……」 バルトは一度言葉を区切り、自分の記憶からその後の流れを想定し口を開いた。 「最後まで立っていたのはコルドだ。あいつが何かした可能性が高い」 「勇者殿か」 「魔王と何かしらの取引をしたと思っている」 「しかし、コルドさんが魔王と取引なんて……」 「あいつは、そういう奴だ。冷徹にもなりきれず、狡猾にもなれない純粋さ。あいつは世界を守るために勇者となった。だからこそ、守ることに関しては身を挺する事はあっても、俺達を見捨ててまで魔王を倒せたのかは自信がない」 「ですが、今の魔王城には魔王もコルドさんもいないと……」 「最悪の事を考えるなら、コルドは刺し違えた可能性が高い。しかし、そうなると魔王とコルドがいない事に説明がつかない。だが……」 「タイミング良くあのお嬢様と従者の登場だな」 定員を呼び、新しい酒の注文を済ませたジレンはバルトの言葉をつなげる。 「ああ。タイミングが良すぎる。話を聞く限り俺たちが魔王に敗北した直後に現れている。そしてそいつは魔王城を散策したと聞くが、本当の事を言っているとは限らない」 「なるほど、それを含めて接触したいんだな」 「そうだ。恐らく、そいつらは何かを隠している。今は正体を隠しているだけで、魔族の生き残りの可能性もある」 「魔王が倒されたとなれば、知能があれば慎重にならざるを得ませんね」 「なぁ、戦士殿。俺達ぁ、戦えないから直接あったことはないが、なんだ。魔族ってのは皆俺達みたいに考えて行動するものなのか」 新しい酒を店員から受け取るとジレンは一口、口をつける。騒々しい酒場では自分たちの会話は聞こえないのだろう。店員も会話に気をかけることなく、ハイラから新しい注文を受けている。 「……そうだな。簡単に説明するなら魔王の配下は魔物と魔族に分類される。魔物は俺達の言う動物や家畜といった生物だな。魔族は俺達のような人間の様に考えて行動でき、主に俺達と同じ言語を使う種族をさしているな」 「はぁ、俺達と同じ言語を……。それは会話出来るって事かい?」 「ああ、言葉を交わす事は出来る」 「それなら何で俺達は戦争を?」 「まったく、ジレンさんは何も知らないんですね」 普段から子供扱いされているからか、ハイラは得意げに鼻を鳴らす。いつの間にか、彼も酒に手を付けていた。 「あ? 小僧はわかってるのか?」 「これでも王様に使えていますので、それなりに広く知識はあるんですよ? えっとですね……」 酔ったせいか普段よりも楽しそうに話してはいるが、普段より間延びした言葉で会話が遅い。あまり酒に強くないのか飲み慣れていないのかは判断できないが、ジレンは気にした風もなく、ハイラの言葉に耳を傾けている。 「そもそも魔族と人間以前に私達人間同士も戦争をしていますよね。それと同じで根本的な考え方が違うんですよ。私達が自国の利益や他国からの侵略から守る為に戦争をするように、魔族も自分達が人間の世界を侵攻することに正当性を感じているんです。自分達が悪いなんて思っていません」 「ほぅ、そうなのか。魔族が人間の世界に侵攻するのに罪悪感がないのはわかったが、そもそも何で侵攻してくるんだ」 「それは魔王の命令でしょう」 「その魔王はなんで人間の世界に侵攻し始めたんだ」 「それは……」 店員の持ってきた新しい酒を半分ほど一気に飲み込み、テーブルに叩きつけるようにコップを置く。 「……なぜでしょう?」 「具体的な理由はわかっていない。ただ、そもそも魔王と呼ばれるようになったのは、微睡みの魔王が最も積極的に組織を拡大して人間の世界を侵攻したからだとの記録はある」 「そうなのかい、戦士殿。侵攻の理由は魔王のみぞ知るってか」 「そうだな。それ以前は比較的穏やかに人間と魔族は共存していたらしい。交流も僅かだがあったようだ」 「そうなんですね。今の精霊たちとの関係に近かったんですね〜」 「少し感心したが、やっぱり小僧だな」 ほろ酔い気分のハイラを横目にジレンは笑う。 「そういう訳で戦争のきっかけは魔王の存在で、呪いによって眠りについてからは集まっていた魔族たちも散り散りになって今に至る。俺たちが討伐した魔物は数えられないが、魔族に関しては数える程度しか討伐していない」 「……そうなのか。魔族は魔王の言葉しか聞かないから、人間と同じ言語でも意思の疎通はできないってことかい」 「ああ。だが今の魔族なのか昔からなのかはわからないが、魔族自体は魔王に支配されているわけではなく、自分で好きに行動しているようだな」 「個人としては話ができるのか」 「話は出来るが会話にはならなかった」 「難しいんだな、戦士殿」 「そうだな、人間同士より難しい」 コップに酒を残しながらテーブルに伏せるハイラは寝息を立てている。 「なぁ、戦士殿」 ジレンは声を潜める。それはハイラに気遣ったものではなく、ハイラに気付かれないように声を押し殺しているように聞こえた。 「何だ、改まって」 「その、従者なんだが」 「何か気になったのか?」 「俺も自信はないんだが……、そいつが持ってた剣なんだが見たことがある気がしてな」 「剣位なら似たものはあるだろ?」 「それはそうだし、俺もそう思うんだが……。それが勇者殿の持っていた剣に似ていた気がして」 「コルドのか?」 「そうなんだ。ただ、小僧は気にならなかったみたいだから気のせいだとは思うが」 「……わかった。会うときに確認する。俺なら間違わない」 魔王と勇者の行方、魔王城の変貌、現れたお嬢様と勇者の剣を持つ従者。わからないことが多すぎる。俺の知らないところで何が起こっている……? 「今日はお開きにしよう、戦士殿」 「そうだな」 ジレンはハイラを担ぎ、先に戻ると告げて店を出た。

「昨日は来ませんでしたね」 「嘘でもつかれたかね」 「いや、街の人間とも親しいし普段から使っているのは確かだ。街の人に聞く限り4日か5日に一回は顔を見てると言っている。昨日は来なかったが、わざわざ俺たちを避けるために買い物の頻度を減らすとも思えない。恐らく、昨日は買い物に出る必要がなかったのだろう」 「一応、街の出入りとかは見てますが、見逃した可能性も否定はできませんね」 「何、今日はそんな心配はいらないぞ。小僧」 「何か良い考えでも?」 「何、昨日ちょっとな。酒場にいる若い兄ちゃん数人に小遣いを渡して、今日の監視の手伝いを頼んでおいたんだ」 「いつの間に……」 バルトは呆れつつもジレンを咎めることはしない。自分たちのような街の外の人間より、普段から生活している人間のほうが街に溶け込めるのは確かだ。 「まぁ、見つけたらもう一度小遣いを渡すって約束してるからな。兄ちゃんたちもしっかり働いてくれると思うぞ」 「抜け目ないですね」 「まぁ、これでも二人よりは長く生きてるからな。多少の老獪さは持ってるさ」 「助かるよ。あまり俺達が調べるように歩き回っても街の人に不信感を与えかねない」 「だろ? そろそろ一回様子を見てくる」 ジレンは席を立つと外へと出ていった。 「ハイラ、昨日は途中で寝ていたが体調は大丈夫か?」 「はい、大丈夫ですよ。お酒は好きなんですが弱くて……。お恥ずかしい限りです」 「ほどほどにな」 「バルトさんは飲まないんですか?」 「いや、俺は酒癖が悪くて……。コルド達から飲むなって言われてるんだ」 バツが悪そうに苦笑するバルトは、どこか楽しそうに見えた。 「そうなんですか。皆さん無事だといいですね」 「ああ。それを確かめるためにも今回の仕事は早く済ませて王都に戻りたい」 「僕達も外に出ますか。昼前ですし、人も多い。見逃す可能性は減らしたいですし」 「そうだな。ジレンは店の前で待つか」 二人は席を立つと店の前に立ち通行人を眺めていると、よくもまぁここまで栄えたと思えるほど人がいた。都市の人間は魔王城が近くにあるのは当たり前のように知っている。それでも魔王が起きていたのは数百年前。今ではほとんど飾りとしか思っていないのだろう。魔王への危機感のなさに辟易しつつも、逞しく生きている住人に人間の強さを感じる。 「なんか平和ですよね」 「そうだな」 「近くに魔王城があるのも、少し前に魔王が目覚めていたのも嘘のようです」 ハイラは呟く。自分が無責任なことを言っているのを自覚しつつ、それでも街の住人を見るとそう思ってしまう。程なくして人混みの中からジレンが現れた。 「戦士殿、馬車小屋へ行こう」 「来たのか」 「いや、もう着いているみたいだ。馬車に乗ってきたみたいで直接は見てないが、誰かが話している会話で従者の名前を聞いたらしい」 「わかった。向かおう」 三人で人混みに溶け込み馬車小屋へ向かう。 「どの位前についたかはわかるか?」 「正確にはわからなかった。ただ、最初の馬車は一時間くらい前に通ったらしい」 「最後は?」 「俺が着く少し前らしい」 「最低限の買い物だけなら、もう帰る頃でもおかしくないな 」 馬車小屋へつくと3人の若者がジレンに声をかけた。 「おじさん、聞いておいたよ。やっぱりもう従者は来てるって」 「おお、そうか。ありがとよ、兄ちゃん達。ほら、小遣いだ」 ジレンは気前よく自分の財布から出したお金を手渡す。三人は受け取ると楽しそうに話しながら立ち去っていった。その自然な行為は気前の良い親戚の叔父が、子供に小遣いを渡しているような光景だった。 「戦士殿、まだ従者は街にいるようだ」 「ああ、わかった。助かったよ」 「ジレンさん、何か親戚の叔父さんみたいですね」 「ちょうど、同じくらいの歳の甥がいるからな。慣れてるんだ」 日光が心地良い。バルトは自分の立場と乖離した平和さに目を閉じる。柔らかい暖かさが肌に染み込み、街中の環境音が違和感なく鼓膜を叩いた。目を開くと一瞬だけ陽光の眩しさに焼かれたが、すぐに順応する。雑踏の中、灰色の髪が見えた気がした。考えるより早く足が動く。動作に遅れて足が動いた理由を理解した。 「あ、おい、戦士殿」 「ジレンさんは、待っててください」 鈍く動き始めた思考は雑踏の中灰色の髪を探し捉えた。人の波を無視してバルトは一直線に進む。バルトの前から歩いてきた住人たちは、バルトが自分たちを見ずに歩いていることに気付くと自然と避けていく。後を追うハイラは頭を下げながら歩行者を避けつつ進んだ。灰色の髪と距離が縮まらない。恐らく、向こうも自分と同じ方に歩いているのだろう。それに気付きバルトは歩速を上げた。少しずつだが距離が近づいていく。灰色の髪が遠ざからなくなった。立ち止まったようだ。人混みを抜けた先、腰に剣を携えた灰色の髪の男が店の前で待つように佇んでいた。それを認めるとバルトは何故だが足を止めてしまった。遅れて追いついたハイラが横に立つ。 「早いですよ。何で立ち止まって……」 バルトの視線を追って、目的の男がいる事に気付いた。 「あ、いましたね。すみませーー」 声をかけて足を踏み出そうとしたハイラを、バルトは手で制して、もう片手を肩越しに背中へ回すと大剣の柄を握る。声に気づいた男が二人に顔を向けたあと、体の向きを追従させた。 「おや、この前の方ですね」 「バルトさん?」 笑顔を貼り付けた男は穏やかな口調で語りかける。その男から感じる気配にバルトは怖気を感じていた。 「気付かないのか?」 「何をですか?」 一般人には感じ取ることが出来ないようだ。見事に溶け込んでいる。だが、勇者と共に旅をして魔物や魔族を討伐し、魔王の前に立ったバルトには否応なく、理性ではなく感覚で、本能で理解できた。 「あぁ、彼が会わせたかったと言う人ですか」 男が一歩踏み出すと、バルトは重い言葉を吐く。 「動くな」 「え、え……? バルトさん?」 約2ヶ月、共に旅をしたバルトが初めて見せる雰囲気、威圧する言葉にハイラは困惑する。 「どうかしましたか?」 「お前が今、魔王城に住み着いている従者だな」 「えぇ、そうですよ」 「腰の剣はお前のか」 「はい」 「……嘘を付くな」 隣りにいるハイラが自分に向けられた言葉でもないのにも関わらず、威圧され動けなくなった。歯をむき出しに噛み締め、睨むだけで射殺せそうな眼光。その動作全てに敵意が込められていた。周囲の人間がざわめき始める。 「それは、その剣は……。俺の友人の、コルドの、勇者の物だ……」 怒りに震えるバルトは絞り出すように声を出した。 「貴方の勘違いでしょう。私が魔王の城へ行ったとき、魔王も勇者もいませんでした」 「嘘だな。その辺の人間なら幾らでも騙せるだろう。だがな、俺は魔物にも魔族にも、魔王にも接触している。特に魔王に会ったときの感覚は忘れない。あの見る物を押し潰すような存在感と、相対するだけで感じ取れる異常な魔力。お前からは魔王と同じ薄気味の悪い魔力を感じる」 ハイラは何も言えずに絶句する。魔王に会敵するに至った戦士バルトが眼前の男に、魔王と同じ危機感を抱いているのだ。その証拠に自分を静止すると同時に片手は大剣の柄を握り離さない。バルトは街なかで大勢の住人がいる往来で、臨戦態勢になっていたのだ。 「………………。恐らく城に染み込んでいた魔力が纏わりついたのでしょう」 男は表情を変えずに涼しく答える。 「剣を抜け。それが勇者の剣であれば、刀身の根本に同じ紋様がある」 バルトは大剣を抜くと、側面を見えるように地面に突き刺した。大剣の根本には紋様が刻まれていた。 「これはこの武器を打った刀匠の入れたものだ。自身が作った証の代わりに刻まれている」 「真似することくらいできるでしょう」 「理由がない。彼は無名の刀匠だ。それによって紋様を模倣したところで、作った物が高く売れるわけではない」 「……しつこい方ですね」 一瞬だけ、ざわりとした空気がハイラの背を撫でた。バルトの威圧に当てられたままのハイラは、不意の不気味な感覚に短く声が漏れた。 「今の俺に余裕はない。応じ無いのであれば力づくで行くぞ」 バルトが地面の大剣を抜こうとしたとき、勇者の立っていた近くの扉が開いた。 「あら、ケルザ。遅いと思ったら騒ぎの原因は貴方ですか」 柔らかい赤いドレス。陽光に反射して滑らかさが視認できる質のいいドレスは、所々に白いレースが施されている。目を引く綺羅びやかさがあるはずのドレスが、完全に少女を飾る舞台装置になっていた。白い肌、流麗な銀色の長い髪、透き通るような銀色の瞳。全ての人間が彼女を見ていると思えるほどの存在感。男は声に反応して、バルトから目を離す。少女が数歩歩き男の元へ寄ろうとするよりも早くバルトは、彼女を認めた瞬間、柄から手を離し、胸元に隠した殺傷目的の鉄針を掴み、流れる動作で彼女の頭を狙い投げていた。それは幾千もの命のやり取りをしてきた戦士の反射行動、敵を無力化する最善の方法。魔王と会敵した一室は薄暗く、確かな姿は視認できなかった。だが、それが功を奏したのかもしれない。お陰ではっきりと魔王の存在が身体に刷り込まれていた。投げた後に確信する。見た目は少女だが、間違いなく魔王そのものであると。──だが、投げた鉄針は魔王には届かない。横目でバルトを警戒していた男が剣を抜き、針を叩き落としていた。その剣の刀身の根本には、バルトの大剣に刻まれた紋様と同じものが刻まれていた。 「お嬢様、私の後ろに」 「……はい」 「な、バルトさん‼ 何を……‼」 「何がお嬢様だ。間違いない、あいつが魔王だ」 バルトの視界から背景が消えていく。地面に刺した大剣を抜きながら数歩前に出ると両手で構えた。 「聞きたいことは多いが余裕がない。ここで魔王は殺す」 「貴様、魔族だな。今更魔王の城を乗っ取りに来たか。安い演技だ」 灰色の髪の男も抜刀した剣を構え直す。それと同時にバルトの大剣が赤く、男の剣が青く、仄かに光を帯びた。それを見てバルトは自身の骨が砕けそうな程の力で柄を握りしめた。バルトと勇者の剣には魔法が込められている。持ち主が共に戦意を持った時共鳴し、互いを強化し続ける魔法。それは共に強敵に立ち向かうために二人が考案して込めた魔法で、男の持つ剣が勇者の物であるという明らかな証明に違いない。 「てめぇ、コルドの剣を……」 答えない男に痺れを切らし、一歩で眼前に肉迫し躊躇わずに大剣を振るった。赤い軌跡は乱れることなく、大上段から男の頭へ落ちた。両手で剣を持った男は下段から青い軌跡を描き、迫る赤い滝を受け止める。確かに互いの光が衝突した。が、音が遠い。互いの剣がぶつかりあった衝撃が伝播して空気を震わせる。一拍遅れて、バルトの大剣を受け止めた衝撃が男を伝い、地面に流れ、周囲を震わせた。 「……ちっ、受けるか」 「身体強化……。強化してこの程度か、魔族」 「てめぇも、その剣の効果で強化されてんだ。勘違いしてんじゃねぇぞ‼」 数度、赤い軌跡と青い軌跡が衝突する。怒号と共に距離を取ったバルトは大剣を水平に構え、大きく後ろへ剣先を送る。刀身の光が強くなり、全体が炎に覆われた。その炎の熱は容赦なく空間を焼いていく。頭に血が上っているのか、ここが街中だと忘れている技をバルトは選択した。 「……厄介な。お嬢様、出来る限り離れてください。周りの人たちの誘導もお願いします」 「わかりました。皆さん、離れてください‼ 危険です‼」 周囲に声を掛けながら少女は男から離れていく。その声に我を取り戻した住人も、少女の声に従い慌ただしく離れていった。ハイラだけは様子を窺いつつ、ゆっくりと距離を取っていた。 「魔王より先に勇者の剣を返してもらう」 「やってみろ」 空気を焼く炎がバルトに付き従う。一度目より遅く、より力を全身に力を充填して男に迫った。切るのではなく圧殺する。全身に込めた力を、全体重を込めた一撃を、持ち上げるように跳ねると全てを男に叩きつけた。 ──獄炎瀑布。炎を纏った刀身で叩きつけた場所を中心に、刀身から吹き出した炎の波で周囲を焼く範囲攻撃だが、例え刀身を受けようとも炎の滝に打たれ焼かれ続ける単体攻撃としても優秀な技であった。 (直接受ける事がは避けたい。避けながら周囲の被害を抑えるには……) 男は舌を打つ。下手な事はしたくないが、選択を増やす余裕がない。青く光る刀身に魔力を込めると水が溢れ始めた。水を纏った刀身が、炎を纏う大剣と頭上で触れた刹那、炎の滝が落ちてきた。受けた大剣を濡れた刀身に滑らせらせる様に水を操作し、落ちてくる大剣の角度を反らして絡め取り横へ凪ぐ。着地点を見失った大剣は横に炎を撒き散らしたが体制を崩したバルトを、身体強化された状態で男が蹴り飛ばすと炎も消えた。撒き散らされた残り火だけが男と周囲を僅かに焼き続ける。 「……っ!!」 肌が焦げた匂いがする。残り火は僅かに肌を焼き、衣類を焦がすと自然と消えた。 「バルトさん‼」 ハイラは蹴り飛ばされたバルトに駆け寄るが、バルトは蹴り飛ばされた事を意に介さず、立ち上がると再度握る大剣に炎を灯す。口内が切れたのか、血を吐き出す。 「ハイラ、下がってろ」 「ですが……」 バルトの視界には男しか入っていない。大したダメージもなく、向かう足は止まらない。蹴り飛ばされた事で僅かに理性を取り戻し、熱くなりすぎたと自省する。 「……おい、お前は誰なんだ」 バルトの問いに男は答えない。 「何故、コルドの技を使える。お前がした対処法は俺の技を知っているように思える」 無造作に距離を詰めているように見えるが、バルトに隙はない。男が動いても対処できる位置に立つと、大剣を片手で抱えるように後ろへ構えた。交差するように空いた手は軽く肘を曲げ、男に向ける。 「俺はお前の髪と、顔の火傷痕、腰の剣しか見ていなかった。だが……」 「無駄口は不要だ、魔族。私の主を殺そうとした報いは受けてもらう」 男は青い刀身を鞘に隠し、引き抜く。溢れていた水は刀身にまとわれ、透明な膜を形成する。一歩踏み出した状態で半身になると、青い光を乱反射させる透明な刀身を胸の高さで水平にし剣先を後ろへ向け、反対の手の甲に刀身を乗せ構えた。 「…………」 バルトは男の構えを認めて、柄を握り直す。纏っていた炎は次第に鎮火され、残された刀身は赤熱し輝いていた。一切の障害を許さない断罪の刃。触れた物を焼き切る灼熱の太刀。発動している自身すら焼き付く空気に取り込まれ、陽炎と化す。呼吸するだけで喉が焼け、瞳の水分が飛んでいく。 「その剣は返してもらう」 如何に勇者の剣であれ、この一太刀を受ければ刀身が焼け切れるのは必至。前に出した足に体重を乗せ腰を落とす。男に向けた肩は下がるが、剣先はそのままで上方を向く。男に動く素振りはない。ゆっくりと息を吐き、体を後ろにひねる。目線だけは男を捉え、背中を向けた。前の足から後ろの足へ体重を移動する。強化された身体能力だからこそ出来る力技。バルトは前に置いた足を持ち上げ、男の方へ頭から力なく倒れる。極限まで体にかかる抵抗を重力に合わせる事でゼロにした。全身で重力を感じながら、体が抵抗を感じなくなった瞬間、ひねっていた身体を腰、肩、腕へと連動させ開放した。未だ重力に縛られた体を、腕から大剣にかけて開放した力によって、全ての指向性を男に集約する。刹那、重力が水平にかかった。垂直にかかる重力から解き放たれる瞬間、振り抜いた大剣が遠心力でバルトの体を牽引する刹那、全体重を掛けていた後ろ足がバルトを一つの弾丸として打ち出した。 バルトは確かに自身を打ち出す瞬間、男の後ろに魔王が駆け寄ってこようとしているのを捉えていた。 ──灼火断刃。防御不能の突撃技。身体強化する事で自身にかかる重力を一時的に開放し、直線上の対象を全て両断する。視認出来ない速度で斬り抜く事で、対象は赤い残光だけしか認識できない。回避も防御も不可能な初見殺しだが、バルト自身も発動する瞬間に対象を固定する必要があり、発動後は直進しかできず狙いを外すと修正は効かない。自身の体の動作を正確に把握し、一切の無駄を省いた力の伝達により身体強化を最大限活かした剣技の極地。 「ケ──」 眼前の敵のみに意識を向けていた男の耳に、自身を呼ぶ声が聞こえた気がした。その一瞬が敗着の要因、自身の死を悟らせるに充分な程、男は敵の技を熟知している。そのはずであった。この距離、範囲であれば後ろにいるかもしれないお嬢様も間違いなく射程範囲だ。声を認めた瞬間、自身の死と同時に主の死を連想する。眼前には死の瞬間、赤い残光が目に焼き付いた。走馬灯、思考が加速する。死の瞬間が引き伸ばされ、もう対処が間に合わない腕を振るった。 「がっ……‼」 理解が追いつかない。男を切り抜けて、魔王の眼前に自身がいるとバルトは認識していた。そう誤認した。自身の大剣は柄から切り落とされ、灼熱した赤い刀身は水を纏う青い刀身に叩き落されていた。刀身に触れたのは一瞬だったのか、何一つ視認できなかった動作は蒸発した透明な膜と残された結果を認識する事で推測することはできた。そして、まるで転移したように、魔王の前に男が立ち塞がっていた。人間を超越した速度の剣技を、正面から認識できない速度で対処され、魔王の前に先回りれている。バルトが最後に見た景色はどこか悲しそうな男が振り下ろす青い残光であった。 バルトの身につけた鎧は背中から砕かれ、途端重力を思い出したかのように、地面に叩きつけられる。人間であれば潰れてもおかしくない力が落ちてきたが、身体強化が余程強力なのか、バルトの意識を刈り取るだけに留まっていた。 男は剣先を下に向け、首に狙いを定める。刀身からは水が零れ落ち抜身の刃が現れた。青い光を失った刀身は鈍色に染まる。 「待て、ケルザ」 「何だ」 「……そいつは、知り合いではないのか」 「俺はケルザだ。主に仕える従者でしかない」 「殺す必要はあるのか」 「こいつは、またお前を狙いに来るだろう」 「私は貴様に対処を一任した。その時に殺す必要はないと貴様は確認しただろう」 「覚えていないな」 「……やはり、貴様は頭が鈍い。ここは街中だぞ。住人達に遠巻きながら見られている。貴様が生活するために築いてきた全てが、貴様の手で崩れると言っているのだ」 剣先は首に狙いを定めて離さないが、男はようやく後ろへ振り返る。腕を組んで、感情の読めない表情の主が、真っ直ぐに男の目を見据えていた。 「貴様は私の従者だろう。城の設備類や調度品の仕入れ、手入れはどうする。貴様の考えなしの行動で、私の快適な生活を阻害するつもりか」 「……それは」 遠くから叫び声が聞こえた。同時に大声が響く。 「どいたどいた‼ あぶねぇぞ‼」 街の入口側から暴走する馬車が一台迫っていた。 「……今なら、貴様は私を狙い襲ってきた魔族を返り討ちにしたと街の人から思われるだろう。だが、ここで殺したらどうだ。貴様が笑顔を貼り付けてまで築いてきたものが水泡に帰すのではないか。魔族だろうと生物を躊躇いなく殺す人間に、街の住人は今まで通り接することは出来るのか?」 男は主の言葉に答えない。土煙と騒音を立てる馬車は速度を落とさずに、逃げようとした青年を拾い上げ、そのまま男と少女へと突き進む。 「貴様と私に突っ込んでくる馬車ごと切り捨てるか? 奴はそこに倒れ伏す男を救いに来たようだが。私の命を狙っていない以上、貴様は奴に手を出せないのではないか」 「…………」 「ほら、早く決めろ。私は貴様の主だ。貴様の如何なる愚行も私に責任がある。貴様が仕えるに相応しい主に背負わせるべき責任なのか。それすらも判断できないのか」 滔々と語りかける少女は、暴走する馬車など視界に収めない。ただ、揺るがずに男の双眸を見つめ、男の視線を捕えて離さない。男は唇の端を噛み切り、溜飲を下げると納刀し、主を抱き抱え駆け足でその場を離れた。振り返ると乱暴に方向転換し、倒れるバルトを拾い上げ、切り落とされた大剣を回収して街の外へと走り去って行くのが見えた。 「……すまない。冷静ではなかった」 「まったくだ。貴様の方が強いのであれば、来る度に返り討ちにすれば済むことだ。私に興味のない他人の命を背負わせようとするな」 事が済んだのを理解したのか疎らに住人が現れ始め、走り去る馬車や、お嬢様を守りきった従者を各々が好気を隠せずに見ていた。 「ところでだ」 男に抱えられる少女は、抱かれたまま腕を組み男を見上げる。 「貴様が直接私に触れるのは初めてではないか。どうだ、大好きなお嬢様の身体は? 貴様の両腕に収まる小さくて華奢な身体は。柔らかいであろう?」 くつくつと少女は笑う。遅れて主を抱き上げていたことを思い出し、ぎこちなく主を地面に立たせる。 「今日、貴様は初めて従者として私を守り仕事を完遂したのだ。褒美だ、好きなだけ貴様だけの主を抱きしめて良いぞ?」 髪を靡かせ、目を細める。目に見えてからかってるのが分かる表情で笑う少女の言葉に自分は主を守ったのだと、ようやく実感した。 「うるさいぞ」 「ふむ、そうさな。貴様は年の割に初心なのであった。こんな街中では私の言葉にも素直に従えんよな。今日の私は気分が良い。続きは城に帰ってから……な?」 楽しみにしていろと言わんばかりの少女を無視して、男は方方に頭を下げて回る。今まで築き上げた信頼は伊達ではなく、お嬢様が襲われたのを見ていた人達もいたお陰で主と従者が責られる事はなかった。むしろお嬢様が狙われた事で男の嘘に真実味が増し、街では噂に尾ひれがついていた。 亡国のお姫様が国を守る騎士と駆け落ちしたという有りもしない噂が──。 「戦士殿、気がついたかい」 連日連夜、馬車を走らせたジレンは都市から幾ばくか離れた街の宿で起きたバルトに声をかけた。 「ここは……」 「グアンザットから街をいくつか戻った。3日以上寝てたんだ」 「そうか。ハイラは?」 「城への報告を送りに行ったよ。あれから休まずにここまで来たからな」 起きたバルトは自分でも意外なほど冷静だった。自分は従者に負け、ジレンとハイラに助けられここにいるのを直ぐに理解できた。 「すまない、助かった」 「気にしなさんな。俺は現場にいなかったからな。どうも騒がしくなってきたから馬車を無理やり返してもらって、駆けつけたら戦士殿が倒れてて驚いた。顛末だけはハイラから聞いたよ」 「とりあえず、予定は達成できなかったが王都に向かっているんだが問題ないよな?」 「ああ、問題ない。仲間と合流する必要がある」 完敗だった。正面から打ち負かされた。これでも勇者と共に魔王と戦った自負があり、腕に自身もあった。一対一で戦って負けるなんて考えてすらいなかった。ハイラが話していないだけかもしれないが予定の一つは達成できており、それだけでも収穫は充分であった。 「しかし、戦士殿が負けるなんてな。それで従者の持っていた剣は……」 「確認した。間違いなくコルドの物だった」 城の現状は確認できなかったが、それ以上に謎が増えた。街に溶け込む魔王、勇者の剣を持ち同じ技、体捌きをする従者。何より、髪の色と顔の火傷痕に目が行っていたがあの顔は間違いなくーー。 「ジレン。すまないが帰りは可能な限り急いでほしい。一刻も早く仲間と合流して情報を共有したい」 「任せてくれよ、戦士殿」 そして今度は、今度こそは仲間と魔王を、あの従者を倒す。 「ハイラが戻り次第でるか?」 「いや、もう何日かは走りっぱなしだったんだろう。今日は休もう。俺もまだ体がだるい」 「わかった。ゆっくり休んでくれ、戦士殿」 ジレンは席を立ち、部屋を出ていった。 「……コルド」 恐らく王都に戻っても勇者はいない。予感めいた想像ではあったが、同時に確信もあった。あの男が勇者と無関係なわけがない。最悪、魔王と同行していたのを考えると洗脳されて見た目を変えられたとも考えられる。もし、そうならば状況は絶望的だ。魔王と対等な存在の勇者が、魔王と肩を並べる。それは世界が魔王の驚異に対する抑止力を失ったことに他ならない。場合によっては新しい勇者を探し出す必要もある。いや、王都で勇者と合流できなかったならば国王に進言しなければならない。それ程までに状況は切迫していた。 国王との謁見後、一行は酒場にて話し合いの場を設けていた。ガヤガヤとした店内は意識を向けない限り、他のテーブルの会話は耳に届かない。 「……やっぱりコルドはいなかったか」 バルトは久方ぶりに集合した仲間を見て呟く。 「ねぇ、王様に新しい勇者の選定を進言したって事はさ。コルド……」 「生死はわからない。だが、王都で再会できなかった場合は進言するのを決めていた」 バルトは魔法使いに答える。 「一応、勇者さん以外は全員無事でしたね」 「あぁ、一先ずは安心した。ようやく時間も出来た。一度、情報を共有したい。魔王と戦った後から教えて欲しい。ユーリ」 「んー、私が最後に覚えてるのはコルドが何か巻物っぽいのを出した所かな。そこからは飛んで最東端の森にいたよ。怪我とかも全部治ってた。帰るのに時間掛かりそうだったから国に手紙を出してから、王都に戻ってきたね」 魔法使いは顎に指を当てて思い出す。 「そうか。フィーレはどうだ?」 「私は最初に気を失ったので参考にはならないかと。気が付いたら国境付近に飛ばされてまして……。私は教会の人間なので、近くの支部で保護してもらいながら戻ってきました。ただ、戻る道中で魔王城に住み着いた人達の噂は教会の人間から聞きましたね」 「俺より早く話は聞いていたわけだな。もう少し詳しく話せるか?」 「詳しくと言われても大した話は……。見慣れない男がグアンザットに現れて、魔王城に出入りしてると。街の人も最初は関わりたくなかったみたいですが、金払いもよく、人当たりの良い人と聞きました。城の改修に職人を招待して以降は街の人達も魔王は居なくなったと判断して、珍しい隣人として上手く付き合ってるようですね」 「……なるほど。確かに街に上手く溶け込んでいた。男ではなく、女の話は聞いてないか?」 「お嬢様ですね。話だけは聞いてますが、詳細は特に聞いていません」 「そうか、わかった。デリダは?」 「僕も大差ないけど、最後に魔王が何か羊皮紙を見てた気がするなぁ」 「……羊皮紙。ユーリの巻物と同じものか?」 「周りを見る余裕なかったから、誰が意識あったとかはわからないよ」 「仮に同じ物とすれば、コルドは魔王に何かを渡したということか?」 「かもしれないね。僕は王都には近かったんだけど、一般人が立ち入っちゃ駄目なとこに飛ばされてね。嫌疑が晴れるまで拘留されてたよ」 「出れてよかったな」 「まる一ヶ月はかかったね。国王の使いを呼んでもらってどうにかって感じだし」 「どこに飛ばされたんだ?」 「いや、言ったら今度こそ捕まっちゃうから」 「バルトさんはどうだったんですか?」 フィーレの問いに、これまでの経緯を話す。 「……混乱を避けるために、あの場では報告してなかった事がある。それが 取り急いで合流したかった理由だ」 「報告しなかったこと?」 「王様の前では言えないようなことだったのですか?」 「あぁ、そうだ。俺の手に余るが今国王に報告すべきではないと判断した」 「その代わり僕達に手伝ってほしいって事だね。どんな話?」 「先に言っておく。騒がずに落ち着いて話を聞いてくれ」 一拍、全員に言葉を理解させるように間を置く。仲間を一瞥してバルとは口を開いた。 「まず初めに、魔王は生きている」 各々の表情が険しくなる。眉をひそめ考え込むように、自分たちの敗北を理解して歯噛みする。 「お前たちの気持ちはわかるが、まずは最後まで話を聞いてくれ。俺達が戦った時とはだいぶ身なりが変わってお嬢様と呼ばれていたが、間違いなく魔王だ。あの異様な魔力を直接味わったお前たちも、接触すれば間違いなく魔王だと理解できるはずだ」 「お嬢様が魔王って……。ただ自分の城に住んでることを街の人に周知させただけじゃない」 「そうだ。現状は何も変わっていない。いや、悪化している。理由はわからないが魔王は普通に起きて生活しているようだった。呪いが解けた可能性もある。それとこちらは勇者が欠けたが、向こうは従者を手に入れている」 「噂でも聞いていた男の方ですね」 「下手をすると魔王よりも厄介かもしれん。未だに俺も理解できないことの方が多い。あの男は、髪は灰色で顔に大きな火傷痕があったが……、あの顔は恐らくコルドだった」 「コルドさん、ですか?」 「そいつはコルドの剣を持って、コルドと同じ体捌きで、コルドと同じ技を使う従者だった」 「……それって、もう答え出てない?」 「最悪の答えだな。コルドは魔王に洗脳されてるのか、魔王の従者になっている可能性が高い」 「あんた、それがわかってたから新しい勇者の選定を……」 「それもあるが、単純に魔王を倒す上で圧倒的に障害なんだ。今回、俺は一対一で挑んで完膚なきまでに負かされた。俺一人では従者には勝てない。だから、お前達と合流する必要があった」 「え、バルトさん。撤退じゃなくて負けたの?」 「そうだ。正面から挑んで完全に負けた。一緒に都市へ向かった二人に助けられて、敗走して今に至っている」 「仮に従者がコルドだとしても、あんたがそんな完全に負けるなんであるの?」 「そこもわからないところではある。もしコルド本人だとしても、あの時俺は完全に殺すつもりで刃を向けた。いや、間違いなく殺していたはずなんだ。だが、結果としてコルドでは対応できない速度で対処され、敗北した」 「バルトさんが完敗するなんて……。私達で倒すことは出来そうですか?」 「わからない。最悪戦うとしても、その前に皆に従者と魔王を確認してもらいたい。俺も頭に血が上って冷静ではなかった。全員の見解を知りたい」 「なんにせよ、もう一回魔王城の前まで行く必要があるのね」 ユーリの言葉にバルトは頷く。 「ああ。今回は失敗したが、次は実際に魔王城にも入りたい。俺が冷静でいられるように、手伝ってほしい」 「わかりました。では、出立の用意を……」 「いや、急がなくて良い。今回は俺を助けてくれた二人に同行してもらうが、二人の都合を合わせる必要がある。一週間程度、調整に使う。連絡ができるように王都で好きにしてくれ」 「わかったよ。バルトさんの連絡を待てば良いんだね」 「ああ。決まり次第連絡する」 「そう。じゃあ、私は私で準備しておくわ。家にいるから適当に連絡して頂戴」 「私も教会にいますので」 二人は席を立ち、店を後にする。残された二人は改めて食事を頼むと、先に来た飲み物に口をつけた。 「バルトさん、実際どうなの? 僕達がいたら従者には勝てるの?」 「恐らく、だな。ユーリに魔法攻撃、フィーレに魔法補助、俺とお前で前衛。コルドの抜けた穴をお前が埋める事になるな」 「いや、穴埋められないでしょ。それ」 「埋めろ。俺だけだと、精々従者の足止めにしかならない。他の攻撃の手が欲しい」 「んー、じゃあバルトさんが攻撃兼盾役で僕が隙を見て近接攻撃、ユーリさんが遠距離攻撃って感じ?」 「そうなるな。もし戦闘になると俺に余裕はない。俺と従者のやり取りに割り込んで攻撃しろ」 「ユーリさんは牽制できたとしても、僕は辛すぎない?」 「俺とコルドの戦い方は見てきただろう。合わせろ」 「強引だなぁ」 「俺達の戦い方を間近で見てきたお前に出来ないなら、他の奴にも無理だ。それなら諦めもつく」 「信頼が重いよ……。まぁ、頑張ってみる」 「頼む。ただ、今度こそ現状を把握したい。俺個人の暴走は止めてくれ」 「それはユーリさんとフィーレさんに任せるよ」 店員が出来上がった軽食を給餌すると、テーブルを離れていく。 「バルトさん、負けたって言ってたけど従者はそんなに強かったの?」 「それもあるが、俺の技を知っているような対処に見えたな」 「余裕のある対処って感じ?」 「……最初は出し惜しみしてた様に思う。たぶん、コルドの技を使うかで躊躇したんだろう。ただ、一度使ってからは、躊躇わなくなった」 「そもそもバルトさんの技って防いでも炎でダメージ受けるし、大剣の熱で焼き切るから防御もできないよね?」 互いに軽食に手を伸ばし、口に頬張る。薄くスライスされたパンは、焼きたての香ばしさが鼻を抜けた。 「炎はおまけだけどな。それも初めから受ける覚悟だったんだろうな。最小限のダメージで受け流された」 「えぇ……? あの使い勝手が悪いって言う突撃技は?」 「それを正面から破られた」 「……マジ?」 「俺は本気で殺すつもりだった。使った瞬間までは、間違いなく従者は対処できる様子はなかった」 「いや、だってあれ大剣を超高温にする魔法かけて、攻撃を防げなくしてるよね? それに身体強化を掛け合わせて、使ってるバルトさんですら目が追いつかない速度で突撃してるんだよね?」 「そうだ。俺も切り抜いた後、速度が落ちてからしか結果は視認できない」 「そんな目で追えない防御不能の技、どう対処するのさ」 「常人には無理だな。だからこそ、従者がコルドなのかが疑わしい。いくらコルドでも、攻撃範囲を予測して回避が関の山だ。だが、あの従者は何をしたのか結果だけ見れば、俺が技を使った後に、俺の剣を壊して地面に叩き落とし、そのまま俺の正面に回り込んで、俺を地面に叩きつけやがった。そこで気を失ってな。もう正面から敗れたのを、俺自身が認めてる」 「それバルトさんの速度完全に上回ってますよね。そんな速度で動ける相手に勝てる気がしないって言うか……。え、武器壊されたんですか?」 「器用なことに柄から切り落とされた。それの修理も含め一週間程度の時間を取った」 「もう戦うのは悪手ですよね。最後の手段にしましょうよ」 「そうだな。例え倒せても魔王が残っている。対策を講じる必要があるな」 「うわぁ、怖いなぁ。戦いたくねぇー」 頭を抱えるデリダを尻目にバルトは食事を続ける。 「お前にはコルドの代わりを努めてもらう。少しでも俺の動きを理解させるためにも、空いた時間は俺と実戦形式で稽古してもらう」 「うあー、それもやだなぁ」 デリダは大きくため息を付きつつ、内心自分の為に時間を割くバルトに感謝していた。